大人へと(後半)★
屋敷へと戻り、ロージュは黒い礼服を脱いで今度は白いワンピースを着込んだ。
そして鬱々とした気分を切り替えるとすぐに1番、と呼ばれている少女のいる部屋を訪ねた。
1番と呼ばれた少女とヒロトは他愛もない話をしている。
相変わらず1番と呼ばれた少女は無表情である。
表情筋がないのではないか、と思うほどである。
ちなみに私が『1番と呼ばれた少女』と形式的な名前で呼んでいるのには理由がある。
「1番。名前を思い出せたか?」
1番は首を横に振る。
「……そうか」
そう、この少女は自分の名前を思い出せないのだ。
ずっと1番と呼ばれていた弊害なのだろか。
全く名前が思い出せないのだと言う。
加えて自分がどこからの出身なのか、どこで生まれてきたのかすら分からないのだと言う。
「けど安心しろ。もうすぐ名前も帰る場所も分かる。アクシスさんが調べてきてくれるみたいだから」
1番は静かにこくりと頷いた。
帰る場所が分かると聞いても、嬉しさの機微すら見せない。
これが奴隷生活の末なのだとしたら悍ましい。
奴隷などあってはならない、とロージュは思った。
10分後、アクシスが部屋を訪ねてきた。
「待たせたな。ガルフォード家の名簿を漁り、ようやく1番ちゃんのことが分かった。名前はーーユリだ」
「「ユリ……」」
ヒロトとロージュの声が重なる。
1番の少女ーーユリは相変わらず無表情だ。思い出した!かのような驚きもない。
だがヒロトは手を上にあげて喜びながら、ユリに言う。
「ユリ、ユリだってよ。おい、思い出せたか?」
「いえ、けれど……これからはユリと呼ばれるということですね。よろしくお願いします」
そう言ってユリは丁重に頭を下げた。
喜びもせずに淡々と話すユリに一同も表情が固まる。なんというか、当の本人以上に喜びを爆発させることに違和感があったのだ。
ロージュが取り繕うと明るい口調で、アクシスに尋ねる。
「良かったのだ! 名前が知れて! それで、お父様、故郷は? ユリはどこの出身なのだ?」
すると「ううん……」とアクシスは歯切れの悪い声を上げた。
「それが……分からないんだ。名簿には名前しかなかった。ほかの元奴隷たちには出身地とか細かく書かれていたのだが、ユリに関しては……なにも。不思議なくらいに、作為的とまで感じるほどに情報がなかった」
「「そんな」」
ショックを受けたヒロトとロージュの声が重なる。
静寂に包まれる部屋。だが、相変わらず当の本人は淡々と口を開いた。
「では、私はどうすれば良いですか?」
「え、あぁ。当然この屋敷にいてくれていい。時間をかけてでも必ず探し出そう」
「ありがとうございます」
そういってユリは丁重に再び頭を下げた。
ロージュは銀髪をいじりながら、ユリが無表情になったのは奴隷になる前のことが原因なのか……と邪推をするが、あくまで邪推だと考えを捨てた。
今はとにかくーー、
「今はとにかく、ユリ、楽しもう! ここの屋敷は楽しいぞ!」
「はい」
それに続いてヒロトも大げさに立ち上がり叫ぶ。
「ああ! そうだ、ユリ! なんか庭広いし、ボールもあるから楽しいぞ! 俺も知らねぇけど!」
「はい」
アクシスも続く。
「あぁ、そうだ! リンゴもあるぞ! この前、入荷したんだ。シース家の領土に成ったリンゴだ!」
「はい!」
淡々といいながら、明らかにリンゴに反応を示している。
リンゴというワードを聞いた途端、目の奥に光が宿った気がした。
その様子を見て、ロージュは苦笑する。
……案外、心配しなくても良いかもしれない。
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ということで、ヒロトとロージュはリンゴの受け取りに向かっている。
下町の店に入荷しているらしい。アクシスからの命で取りに行くことになった。
「これから屋敷が愉快になりそうだ。あんなに広いのに空き部屋が多かったからな、嬉しい」
「そうだな。お世話になります」
「いいや、気にするな。あっ!」
ロージュはカミューラ殿の葬式やユリのことで忙しすぎて、ヒロトが暴走したことをスッカリ忘れていた。
お父様にも伝えていなかった。ヒロトが虚物であることを。
「まぁ、後で……お父様に伝えるしかないか」
「何を?」
当の本人はキョトンとしている。
「ヒロトが虚物と同じ力を発揮したことだ。凄かったのだぞ、腕が青色の結晶でおおわれていたかと思えば、髪は白髪へと変わっていて」
「うーん、あの時の記憶ってあまり無いんだよなぁ。意識が飛んでいたというか、体から魂が抜けていく感覚だった」
「ううむ……」
判断材料が少なすぎるな。
あの人に相談すべきだろうか。
だが、相談したところで……情報は得られるが、事態が好転するかは分からない。
まぁ、なんにせよお父様に相談だな。どんなに狼狽するかは分からないが。
「つーかさ、ロージュは怖くないのか? 俺の暴走していた姿を見たんだぞ?」
「む? 怖くないさ。ヒロトはヒロトだ。暴走しても止めるさ」
「おおう。なんというか裏切らねぇように頑張るわ」
「うむ。あぁ、そういえば」
ロージュが話を切り出す。
「病院でルーズベルトが目を覚ましたらしい。……まだ当人にカミューラが亡くなったことは告げられてないらしいが。自分のせいで母親を失ったなど……辛いだろうな」
ヒロトは路上の石を蹴っ飛ばすと、
「自業自得だ。ロージュの母親をあいつらは殺したんだ。俺はあいつらに同情はしねぇ。あいつらがしたことが全部返ってきてるんだ」
「そうかもしれない。だが、気分は晴れないな」
「そうか」
「だが改めて思ったのだ。私は肩書きに囚われず、その人の本質を見たいのだ。貴族だからとか、貧民だからとかーーそのような肩書きに問わられず、人が人を愛して救う世界。それが私の理想だ」
「理想の世界ねぇ……。すげぇな、ロージュは。俺と年が変わらないのに、そんなに壮大な夢を持っている。なんというか、大人だな」
「む? 私が大人に見えるのか?」
「だって俺なんて考えなしの行動しかしねーし。世界なんて知らねぇよ。自分のことで精いっぱいだ」
「私が、大人……?」
「な、なんだよ」
「ふふふ、大人か」
そう言ってロージュは苦笑した。
愉快そうに笑うロージュを不思議そうにヒロトは見つめる。
「俺、何か変なこと言ったか?」
「いいや、言ってない。ただヒロトとこうして話せることが嬉しいのだ。ヒロトを助けられて良かった。助けようと勇気を出せて良かった。肩書きで判断しないという私の決断は過ちではなかった。自分の目には自信があるのだ。ヒロトはいいやつだ」
「いいやつねぇ……。そんなこと言われたことねぇや」
「まぁ、目つきが悪いから仕方ないのだ」
「おい!」
「すまない、ふふふ……」
ロージュの銀色の髪を風がなびいて揺らしていく。
大人になるとはなんなのだろうか。
何をすれば大人になるのだろうか。
どうすれば大人になるのだろうか。
どういった人物が大人なのだろうか。
妥協をできれば大人だろうか。
俯瞰して物事を見れたら大人なのだろうか。
自力でお金を稼いで、生きていけば大人になるのだろうか。
感情を抑圧できれば大人だろうか。
自分に期待をしなくなれば大人だろうか。
私は思う。
大人とは自分の生き方を決めた人を指すのだ。
他人からなんと言われようと、自分だけの大事なものを見つけて、それを守って生きていく人を指すのだ。
そう生きるのが大事だと自分が感じて生きているのなら、その人は大人なのだろう。
様々な葛藤をした。肩書きとは。大人とは。
結局私は肩書きで判断する人間になりたくない、という心に従うことにした。
それが正しいと信じて生きることにした。それがどんなに幼いと言われても私はこの考えを抱えて生きていく。
たった一つ、私の中の考えを固めただけ。
この変化でお金を稼げるようになったわけでもない。
妥協が出来るようになったわけでもない。
それでも、私はこの変化を愛おしく思う。
他人が何と言おうと、私はこの変化を成長と捉えよう。
私の変化は一番私が分かっているのだ。
私が私を褒めなくてどうする。
「ヒロト、私は大人になれたよ」
そう言ってロージュはあどけない笑みを浮かべた。
もう第1章は書き直さない。
第2章はこれから書き直す。




