ロージュさんは明らかな善人です。
ロージュさんが扉を開けると、そこはまさに貴族の部屋だった。
一人部屋とは思えない広さに、天蓋付きのベッド。壁には豪勢な宝石で彩られた装飾品……。
「これが勇者様の部屋だ。壁に寄りかかっている剣は好きに使ってくれて構わない。切れ味は保証しよう」
「剣なんて持ったことないけど……」
「もちろん訓練はしてもらうさ。その時、私が剣の指導をする予定だ」
ロージュさんに稽古してもらうのも悪くないな……と邪なことを考えていると、ロージュさんからソファに座るように促される。
ソファに腰を下ろすと、体が沈むこむほどの柔らかさだった。
ロージュさんがちらりと窓の外に目を向ける。
「まだ十分時間があるな。それでは、この世界の魔法について説明しよう。魔法というものは知っているか?」
「大体想像はつく。でも見たことない」
「ほお、流石だ。早速だが私が使える魔法を見せよう」
ロージュさんは腰に掲げていた大剣を抜くと、両手で握りぐっと力を込めた。
すると、ロージュの剣が赤い光芒を纏い熱を帯び始めた。
周りの空気が歪むほどに剣は熱をまとっている。
「……これが炎魔法だ。このように剣にエンチャントすることもできるし、炎の玉として放出することも出来る。今は赤い光芒が見えたが、属性によって魔素の色は変わる。炎なら赤、水なら水色、風なら緑、土なら茶色。光なら黄色。紫なら闇、回復なら白色だな」
「さっきの光の粒が魔素?」
「そうだ。基本的に人は炎・水・風・土・光・闇・回復の7属性のどれか1つが使える」
「つまりロージュさんは炎魔法以外使えないってこと?」
「そのとおりだ。そして魔法適正は水晶体に手をかざすことで判明する。赤色に輝けば炎属性だな。察しが良いヒロト様なら分かったかもしれぬが、勇者は7属性すべての魔法が使える」
「あぁ、そういうこと……だから7色に水晶体が光るのか」
「理解が早いな。ふむ、まだ時間があるな。何か質問はあるか?」
「ある。仮にだ、俺が勇者じゃなかったら、俺はどうなる? この国から追放されるのか?」
「……む?」
予想外の質問だったのか、凛々しかったロージュさんの表情が少し崩れる。
正直俺にとってはここからが本題だ。
恐らく俺は勇者ではない。悲観的に考えているわけではなく、客観的な分析だ。
異世界ものでは、勇者ではない人物は大抵追放されるのだ。
すると、ロージュさんは表情を崩したまま答えた。
「ははは、なぜ追放などするのだ。ヒロト様は何も罪を犯していない。仮にヒロト様が勇者でなくて、そんな流れになったら私が必ず助ける」
「お、おおお……正義感がカッコイイ」
思わず感嘆の声が漏れる。
このロージュさんという女性は、どうやら外見だけでなく内面も清く美しいらしい。
するとロージュさんは照れくさいのが、頬を少し赤らめていた。
「なに、そういった貴族や国王による横暴が嫌いなだけだ。あやつらは肩書きが良いだけで、自分が凄いと勘違いしている。……私の父も同じでな」
後半は少し怒気が含まれていた。
本当に正義感が強い女性なのだな、と思った。
すると誤魔化すようにロージュさんは咳き込むと、ヒロトの方に顔を向ける。
「さて、私のことは話した。次はヒロト様、あなたのことを教えてくれ」
「へ、俺?」
「あぁ、あなたのことを知りたいのだ」
「ええっと、そうだな……」
と言ってもあまり語ることはないのだが。
親から虐待を受けて、学校中退。その後不良の道へと進み、やさぐれてました……ってことくらいか?
話としてはとても盛り上がるものじゃないな。
そうして少し悩んでいると、ロージュさんがもじもじとしながら、こちらを見た。
「その……例えばだな、恋愛話とかないだろうか?」
「恋愛話?」
予想外の話題に驚く。
ロージュさんはてっきりそんな浮ついた話は嫌う人種だと勝手に思っていたから」
「うーん、恋愛話か。あっ、一つあるわ。結局俺の片思いで終わっちゃったけど」
「そうか! どういう話なのだ!??」
ロージュさんはそう言って鼻息を荒くしながら体を前のめりにしてくる。
突如近づいてきた綺麗な顔に思わず顔を逸らす。
「好きだったんだけど、そんな資格は自分にないって思ったんだ。それで汐里には思いを伝えられなかった」
「お相手はシオリと言うのか!? どどどどうして好きになったんだ!?」
「俺の父親は酒におぼれていつも俺に暴力を振るって。そのせいで昔俺はやさぐれてた。色んなやつらと殴り合いをして毎日傷だらけだった。そんで、そんな俺を見て汐里は泣きながら一発俺を殴ったんだ。……殴られたのは俺なのに。殴った汐里が泣いてた。多分、そん時」
こんな話をしても暗くなるだけだろうと思い、ロージュさんを見る。
だが、結果は予想外の反応だった。
「うっ……ううう」
「へ?」
目の前のロージュさんが鼻を垂らしながら涙から大粒の涙を流している。
「それはまさに純愛ではないか。甘酸っぱい……。うう……。グスッ……。それなのにこうして死によって二人は離れ離れになってしまったのか……。そんなの悲しすぎるだろう。ああ、神よ。ヒロト様にご加護を……」
この瞬間、ヒロトの中でロージュさんが大人びているという印象が180度変化をする。
最初会った時はあれほど凛とした立ち姿で一挙一動が華やかであった人物が、今は目の前で鼻水を大量に垂らしながら涙を流している。
「な、なんか……ロージュさん。最初の印象とは全然違うな。もっと凛としているかと思ったが……。意外と涙もろい?」
「ぐすっ……。普段はもっと背筋を伸ばしているのだが……。昔から剣の練習ばかりしていたせいか、恋愛話に飢えているんだ。……あ、あまりこのことは皆には言わないでくれ。本来上級騎士でしかも女である私が涙もろいなどあってはならないことなのだ」
ロージュさんは涙で目をパンパンに膨れ上げながら言った。
そして、目を擦ると何事もなかったように顔を上げた。
「まだ少しだけ時間がある。他に質問はあるか、ヒロト様」
「うーん、そうだな……じゃあ、質問ではないんだけど、俺のことはヒロトで良いよ」
どうも様付けで呼ばれると調子が狂う。
すると、ロージュさんは少し困ったような表情を浮かべた。
「それは……難しいな。ヒロト様は勇者候補だ。敬意を払わないわけにはいかないのだ」
「けど、そんな畏まられると調子狂うんだ」
「うーむ、そうだな……。では、その代わりだがヒロト様は私のことをロージュと呼んでくれないか?」
「えっ」
「流石に私だけが一方的に敬称を付けるわけにはいかない。良いか? ……ヒロト」
その真剣な眼差しに喉が詰まる。
だがそうしないと様付けが外れないのなら、仕方ない。
「良いよ……えぇっと……ロージュさ……ロージュ」
「ふふふ」
尻すぼみしながら言うと、ロージュがニコリと微笑む。美しい。
すると、タイミングよくドアがノックされる。
「あぁ、着付けの人が来たようだ。では、ヒロト。今から正装をしてもらい、お披露目会へと向かうことになる。心の準備をしておいてくれ」
「分かったよ、ロージュ」
頑張る。




