大人へと(前編)★
ロージュ視点。
視点飛びすぎかもしれない。
ロージュとヒロトがシース家の屋敷に戻った1時間後、あるニュースをメイから告げられる。
それはカミューラが亡くなったというニュースだった。
現場には体の大半が綺麗に飲み込まれており、残っていたのは手首の一部のみ。傷跡から黒狼の仕業であると断定された。
そして息子のルーズベルトは黒狼に襲われた痕跡はなく無傷であった。
カミューラが亡くなったと聞いたときの反応は三者三様だった。
無表情のヒロト。
眉を顰めるお父様。
私は血の気が引いている感覚だった。
お父様が真っ先に口を開く。
「私が主導でカミューラの葬式を行う。先程述べた通り、ガルフォード家はシース家の配下に着くことになった。この葬式は我らとガルフォード家の関係を示せる良い機会ーー」
そう言った直後、お父様は目を閉じた。
数秒時間を掛けて口を開く。
「……人が亡くなり、良い機会など我ながらどうかしている。ともかく、葬式は私がやっておく。ロージュ達は気にしなくて良い」
そう言って話を切り上げようとした時、ロージュが手を上げた。
「お父様。私はカミューラ殿の葬式に出席しても良いだろうか」
「なぜ出たいんだ? ガルフォード家の奴らがマリーを殺したんだぞ?」
「それは分かっている。だが、カミューラ殿は黒狼に無惨に殺された人でもある。ルーズベルト殿を、息子を守ろうとした人だ。私はきちんと弔いたい」
ロージュは背筋を伸ばして真っ直ぐにお父様を見る。
ロージュの愚直な意見にお父様はお手上げだと言わんばかりに手を上げ、
「カミューラが死んだことは自業自得だ。妻を殺しておきながら、黒狼による事故と嘯いた奴らが黒狼に殺された。弔いに行くことなど馬鹿らしい。私だって、本当は行きたくもない」
お父様は目を伏せ、怒りを抑えながら言った。
ロージュは頷く。
「自業自得だと私も思う。だが、お父様。私は信じたい。どんな人間にも、肩書きなど関係なく良心があると信じたいのだ。だから、葬式に行かせてほしい」
「……お前はますますマリーに似てきたな。勝手にするが良い。お前の決定に意を挟むことはしないよ」
**************
ロージュは黒い礼服を着込み、棺の前でそっと手を合わせた。
棺、というが中には綺麗な体など入っていない。
黒狼の食い散らかした後に残された手だけがこの棺の中に収められているだけ。
痛かったのだろう。苦しかっただろう。だが、それでも息子を守るために彼女は最善を尽くしたのだ。
この人がお母様を殺した。
そんなことは分かっている。お父様は葬式を開くことすら嫌がっているようだった。
私も気持ちの整理がついているわけじゃない。
でも、私は……死者に対しても恨みは持ちたくない。
「カミューラ殿。おやすみなさい」
ペコリ、と頭を下げてロージュは自分の席へ戻る。
顔を上げて斜め前の人に目を向ける。
ふくよかなーーいや、ふくよかだったはずのダビデは少し痩せていた。
カミューラが亡くなった日からご飯も喉を通らないと聞いた。
誰だって家族を失うのは辛い。
この悲しみに貴族かどうかなんて何の関係もないのだ。
そんな当たり前のことなのに。
「それでは、これにて葬式を終了致します」
アクシスの機械のような感情のないアナウンスと。それと同時に葬式の出席者たちは開放された途端に乱雑な音を立てて立ち上がる。
恐らく彼らは名目上参加していただけなのだろう。
多くの人があくびをしながら会場を抜けていく。
誰一人としてカミューラの死を悲しんでいる人はいなかった。
その中、ダビデだけは未だに立ち上がれない。
小さくなった背中を丸めながら、夢うつつで棺を見つめている。
なんて声をかけたらいいか分からなかった。
ロージュは目を伏せて、せめて邪魔をせぬように音を立てずに立ちあがる。
その時、ダビデが立ち上がりくるり体を向けると、ロージュに気づいた。
すると、すぐさまダビデは先ほどの焦燥しきった顔から180度変わり、ニコニコと笑みを浮かべた。
「これは、これは……! ロージュ様! わざわざご足労いただき、ありがとうございます! いや、申し訳ありません。このような辛気臭い場所に呼んでしまい……」
そう言ってペコリペコリとダビデは頭を下げた。
明らかな虚像だった。
先日まで私を半分娼婦の血が流れた、下等な生き物だと罵倒をしていたはずなのに、今は様付けをして平伏している。
シース家という肩書きがダビデに頭を下げさせている。
「上辺だけの言葉は不要だ。ダビデ、今お主は私に対して何を思う」
「……」
ダビデの動きが一瞬止まった。
だが、すぐにペコリペコリと頭を下げる。
「ロージュ様が怒るのも無理がありません。アクシス様から聞いたと思いますが、私たちがマリー様暗殺の手引きをしました。言い訳の一つも出てきません。大変、あぁ、申し訳ありませんでした。この償いは一生をかけて償います」
「……本当か? お主は本当に悔いているのか? 私の母を殺して、本当に罪悪感を持っているのか? 最後だ。最後にもう一度だけ、聞かせてくれ。本当に、心の底から悔いているのか?」
「……」
ダビデが頭を下げ、地面と水平になりながら動きが止まった。
そして数秒後、ダビデは顔を上げる。その表情は今までの笑みが剥がれ、憎悪に歪んだ表情だった。
「……下手に出れば調子に乗りやがって。本音だと? 言ってやるよ。お前らの母親は貴族じゃない、汚れた娼婦の血だ。ロクでもない人間、いや人間ですらない、ただの獣だ。そんな獣を殺して何を謝ることがある。なぁ、なぜ黒狼が私たちの屋敷に現れたのか分かるか? お前らの腐敗臭が黒狼を引き寄せたんだ。カミューラが死んだのは、貴様らのせいだ! 謝るのは貴様らの方だ!! 人様を殺して申し訳ないと、謝罪をしろ! この腐った獣どもが!!!」
顔を怒りで高揚させながら、ふーっ、ふーっとダビデは息を吐く。
あまりに理不尽で自分勝手な言い回しを受けたロージュは一瞬ふらつきそうになりながら、地面を確かめるように地面を踏み、顔を上げた。
「私は……腐った獣などではない。なぜ、それが分からぬのだ」
「いいや、貴様らは獣だ!」
「違う、獣じゃない!」
「シース・ロージュ! お前は何が言いたいんだ! 私が貴様らに対して心から謝罪することがあると思ったのか!? そんなことはあり得ない!」
「……同じだと、言いたかったんだ。同じ血の流れた人間であるって。貴族でも、娼婦でも、幼くても……肩書き関係なく、同じ人間だって言いたかった。傷つけられると悲しいし、涙も出る。そこに差異なんて無いって……分かってほしかったのだ。私の母は命を賭して、私を守った。私は母の行動を心の底から凄いと思う。尊敬している。……カミューラ殿にもだ。カミューラ殿も命を賭して、息子を守った。私は凄いと思った……私の母と同じくらい、凄いと思い、尊敬したんだ」
「……はっ。そもそもが違うと言っているんだ。娼婦の血と貴族の血を同等に考え、凄いなどとほざくな。同じ次元で比べるな。私の妻が凄いだと? 言われんでも分かっている! カミューラは、美しく気高い女だった! 妻はな、手料理は自分で作りたいと言って、メイドに任せず、すべて自分で作ってくれたんだ。貴様ら娼婦には出来ん発想だろう!? メイドが作るのに比べたら、塩が多すぎてしょっぱかったが……ワシはあの味が好きだった」
そう言いながらもダビデはガックリと地面に膝をつくと、「うっ……うっ……」と泣きながら地面に蹲った。
ロージュは首を横に振る。
「母の手料理は知らない。私が生まれて、すぐに母は亡くなったから……食べてみたかった。もう、言っても意味がないが」
そう言ってロージュは涙をこらえた。
羨ましいと思った。
母親との思い出を噛みしめることが出来る、ダビデが羨ましい。
私には思い出なんてない。
額縁に飾られた肖像だけが私の「母」だった。
呻きながら、ダビデは言った。
「最悪な気分だ。毎日、妻のいない屋敷は酷く寒く感じる。貴様もそうだったと言うのか? 母のいない屋敷は孤独だったか?」
ロージュは首を横に振った。
「幼いころは自分だけ母のいない事に怒り、よくメイに甘えていた。孤独だと思っていたのかもしれない」
「……」
「お主が変わらないことは分かった。……私はもう行く」
ロージュは立ち上がり、振り返ると教会の出口へと歩んでいく。
カツンカツンとロージュの去り行く足音が教会にこだまする最中、ダビデはボソボソと言葉にならない声を上げ続けた。
「同じ人間、か。だとしたら、私のしていたことは……最悪ではないか」
俯きながらも呻き続けるダビデを尻目に、ロージュは教会を後にした。
頑張ります。




