奴隷編⑩★
アクシス視点
カミューラが悲鳴を上げていた同時刻。
主人の部屋でアクシスが椅子に腰を下ろし、ダビデが来るのを待っていた。
部屋で待つこと数分。
扉がキィと音を立てて開き、脂肪に包まれて丸々とした男が姿を現した。
禿頭に極太の眉。眉の下にある目のふちは吊り上がっており、高圧的な印象を与えてくる。
男は地面を揺らしながら部屋の椅子に腰を下ろすと、ミシッと椅子が悲鳴をあげる。
「はて、お待たせしました。ふーっ。いや、暑いもんで汗が止まりませんわ」
男がため息をこぼしながら、タオルで額の汗を拭った。
この男がガルフォード家主ダビデである。
欲のままに生きたようなふくよかな腹。心底相手を見下したような目。
アクシスは嫌悪感を抱きながらも、謝罪を口にする。
「私の家内がご迷惑おかけしたことをお詫び申し上げます」
「いや、ホントにね。他人の奴隷に手を出すなんて聞いたことがありませんな。しかもその奴隷は私の息子を殺そうとしたというじゃないですか。その奴隷に手を貸すなど、こちらに喧嘩を売っていると捉えられても仕方ないですな」
「ですがこうして話し合いに応じてくれた」
「ははは、いやぁ、そうですねぇ。妻が妙なことを言うわけですから。私たちがマリー様を殺しただの。そんなわけありません。言いがかりも甚だしい」
と余裕の笑みを浮かべるダビデ。
「言いがかり? 私の妻を殺したのはあんただろう、ダビデ」
アクシスは怒りを隠すこともなく乱暴な口調でダビデに言う。
ダビデ鋭い視線を受けると、額から垂れた大粒の汗をハンカチで拭う。
「おやおや……何のことやら。奥様は黒狼に襲われたのでしょう? 黒狼の襲撃は運が悪かったとしか言えないでしょう」
「妻が誰かに殺されたという可能性はずっと前から過ぎってはいた。……事故現場に残された妻の手。その断面図が黒狼に食いちぎられたにしてはあまりに綺麗だったからな」
「……何かおかしいかな?」
「おかしいだろう。黒狼は長く太い牙を持っていると言われる。歯型の凹凸がないのはおかしい。だから私は妻の死因を確かめるために鑑定に依頼した」
「……」
「すると妻の血液からは微量の毒が検出されたんだ。その時私は思ったよ。妻は何者かによって毒を盛られて殺害されたのだと。馬車移動中、何者かが毒のついた剣で妻を切りつけたんだ。そして馬車を転覆させ、事故であるように見せかけた」
アクシスは一息入れて言葉を続ける。
「この仮定を基にすると、犯人は妻が馬車で国を出ることを把握でき、かつ偽造工作を行える人物だ。こんなこと出来るのは強い権威を持つーー奈羅佳の貴族である可能性が高い」
「ははは……素晴らしい!」
ダビデは唇の片側を吊り上げて笑って立ち上がると、わざとらしく音を立てて拍手をした。
部屋にパチパチと乾いた音が鳴る。
「素晴らしいな、アクシス殿! よくもここまでありもしない仮定から整合性のある馬鹿みたいな話を作り上げたものだっ! 君は語り手の才能がある! 貴族なんてやめて、語り手になったらどうだ! ははは!」
ぶよぶよと贅肉をはらしながら大声で張り上げ、椅子に再び座ると、肘掛けに肘をつくとわざとらしくはぁ~と声を出して深く嘆息した。
「なるほど、君の仮定をもとにすると私たちも容疑者なわけだ。それで、ガルフォード家が犯人だと言う証拠はあるのか? ある訳ないだろう。もう20年も前の話だ。何一つ証拠なんてありはしない」
太い眉をピクピクと動かしながら、ジロリと視線をアクシスに移す。
ふん、とアクシスは鼻を鳴らし、
「さっきヒロト君から貰ったよ。貴様らである証拠が。契約書がな。妻から何も聞いていないのか?」
「何も聞いていない……な。馬鹿げた妄想を垂れる人間がいる、とだけ」
だが明らかにダビデは動揺をしている。
契約書、という言葉を耳にした瞬間に明らかに動揺し、無言で立ち上がると自分の書斎机を漁り始めた。そしてすぐに「なんでないんだ」と小さな声で呟いた。
「これを探しているのか?」
そう言ってアクシスはグリニードに暗殺依頼書を見せつける。
ダビデはその紙を見るや否や、数秒間目を大きく見開き、後退りをする。
壁に背中が張り付き、動揺から呼吸が荒くなる。
「なぜ……なぜ貴様が持ってるんだ! 確かにこの引き出しに鍵をつけてしまったはずだ! どうやって盗んだ!」
慌てふためくダビデ。
その様子を見ながらアクシスは苦笑した。
「その反応、本物か。正直本物かどうか私も分からなかったんだがな……。なるほど、やはり妻を殺したのはお主らか。覚悟はあるのだろうな」
ギリ……っと奥歯を噛み締めてダビデを睨むと、アクシスは大きな音を立てて立ち上がった。
明確な殺意を孕んだ目をダビデに向けて迫る。
大きな図体を小さく丸めてダビデは「ヒィっ」と情けない声を上げた。
「な、なにが目的だ。私を殺すのか……?」
「それもいいだろう」
丸テーブルのペンを掴み、ペン先をダビデに向ける。
再び「ヒィィッ」と喚くとダビデは椅子から転げ落ちて地面に尻餅をついた。
憐れみの表情を浮かべてダビデを見下しながら、
「だが、妻はそれを望まないだろうな。だから命だけは助けてやる。そのかわり、マリーの墓に手をついて土下座をしろ。もちろん、ヒロト君やもう一人の少女、ロージュに対してもだ」
「は、はいぃ」
へこへことダビデは簡単に頭を下げるた。
「もう二度とシース家に手を出すな。今度ロージュに手を出したら容赦はしない。その時は殺す以上のことをする」
「は、はい。勿論でございます。なんという寛大な措置っ! さすがはアクシス様でございます。勿論、これだけですよね……」
引き立った笑みを浮かべるダビデ。
すでに冷や汗で全身がおびただしく濡れている。
アクシスはニッコリと微笑んだ。
「もちろん、まだある。これごときでは私の怒りが収まらん。貴様らわたしたちはシース家の下についてもらう。貴様らの技術、財、人脈……すべて私たちに寄越せ。それと今後、何があろうとシース家を支えろ。何があろうとな」
「なっ……そ、そんなの、なんら奴隷と変わらぬではありませんか!」
「断りたければ断るが良い。私はこの契約書を公表するだけだ。貴様らから貴族という肩書きがなくなった時、見ものだな。いや問題ないか? 貴族とは血なのだろう? 肩書きがなくなっても血のお陰で助かるか?」
「……そ、それはっ」
「なんだ? 言い返せないのか? 貴族とは血なのだろう? ……おい、何か言ったらどうだ?」
「……」
ダビデは何も答えない。
沈黙が数分続き、言葉を発した。
「どうか、お考え直してください! どうか、どうか……!」
「知ったことか。妻の生涯を奪ったお前らに未来などいらない。殺さないだけありがたいと思え」
ダビデの脳裏に今後の人生が過ぎる。
これからの人生は首輪をつけられ、地面に這いつくばって生きるようなるものだ。
さながら奴隷と同じ人生だと痛感した。
そんな惨めな人生を思うと、自然と大粒の涙が溢れる。
ダビデは泣き喚きながらアクシスの裾を掴んで懇願した。
「申し訳ありません、申し訳ありませんでした……」
だが、アクシスはその手を乱雑に振り払った。
憎悪に満ちた眼でダビデを見る。
「そうやって何度も謝罪を口にしたものを許さず、虐めてきたのだろう? 自業自得だ。ーー地獄に堕ちろ」
そうアクシスが言った途端、ダビデは絶望し、口から泡を吹いて倒れた。
ドンッと大きく地面が揺れる。
アクシスは地面に立ち、天井を仰いだ。
……ようやく君の犯人を突き止められた。
君の無念は晴らせたかな。
ずっと玄関前に君の握っていた石が飾ってあるんだ。
来世というものがあるならまた会おう。
今度は石なんかなくたって……君を探して見せる。だから、もう少しだけ待っててくれ。
用事を終えたアクシスが扉をあけて廊下に出ると、タイミングよくロージュとヒロト君と邂逅した。
「あ、お父様。丁度良かった。屋敷に戻らないか?」
「あぁ、問題ない。私も用事は終わった。ちなみにガルフォード家は私たちの配下につくことになった。認識しておいてくれ。あと、これを。ブレスレットの鍵だ。さりげなくダビデから盗んでおいた」
アクシスは金色の鍵をヒロトに放り投げる。
ブレスレットの存在を忘れていたヒロトは鍵を受け取ると、慌てて自分と1番のブレスレットの鍵穴に鍵を刺した。
「……ガルフォード家が私たちの配下か。随分と突然だな」
「まぁな、まだまだシース家は大きくならなくてはいけない。何が起こるか分からないからな」
「……私を守るためか?」
ロージュはじっとアクシスを見つめる。
アクシスはロージュの訴えかけるような視線を受けて、首を横に振った。
「昔はそのためだが、今回は違う。もうお前を庇護対象だとは思ってないよ。ただシース家を発展させるための行為だ」
「いや、全然私を守るための行為でも良いのだが。あーー、なんというか、私は何が言いたいのだろうか。あぁ、そうか。そうだな。うむ。お父様。今までありがとう。愛している」
「は……ははは。何を今更。当然私も愛しているよ、ロージュ。屋敷に戻ろう」
アクシスはすぐに背を向けて歩いた。
そうでもしなければ泣き顔を見られてしまいそうだった。
そしてひとりでに呟いた。
「子供の成長は……早いもんだ」
目元から一筋の涙がこぼれた。けれど、どこか嬉しかった。
そのままアクシス、ロージュ、神崎ヒロト、1番の少女はガルフォード家の屋敷を後にした。
カミューラの訃報を聞いたのは、これから1時間後のことだった。
1章は後2~3話くらい




