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奴隷編⑧


 グリニードが気味の悪い笑を浮かべ、額の脂汗を拭いながら1番へと歩み寄る。

 

「おいっ、てめぇ! 来るなら俺にこい! 俺がお前を投げつけたんだ!」


 だがグリニードは振り向くことなく1番に向けて歩みを進める。


「まずは1番だ。2番が反抗したのは、1番の指導が足りないからだからだ。先に指導をするのは1番だ」


「ふざけんなっ! てめぇ!」


 声を荒げるヒロト。

 そのヒロトの声に「ヒッ」とグリニードは体を震わせ、震えた瞳孔でヒロトを見る。

 その時、ヒロトは理解した。

 グリニードは俺にビビってる。

 そして俺に復讐する度胸もないから、1番に八つ当たりをしてるんだ。


「情けねぇとは思わねぇのか、てめぇはぁぁぁ!」


「うるさいわね、電流を強めるわ」


 途端、ヒロトの体に、脳に大量の電流が流れた。


「う゛あっ……」


 意識を失う瞬間というのは、あまりに呆気ないもので、ヒロトの意識が体から抜け落ちていく感覚があった。


「えっ……」


 口にしようとした言葉は半ばで、グリニードに向けて伸ばしていた手が力なく地面に落ちた。


 *******************************


「……!」


 ガラガラと木箱を退けながらロージュが起き上がった。

 額から垂れる血を拭いながら、ロージュは周囲を確認する。

 そして、グリニードが1番の喉元を掴み、物のように持ち上げていること。

 神崎ヒロトが意識を失っているのか、倒れたまま動かず気絶していることに気づく。

 状況を察したロージュは額に青筋を浮かべる。


「グリニード殿。あなたは何を……いや、いい。やはり何も聞きたくない。明らかな逸脱行為だ。問題になるぞ」


 そう言ってロージュは剣を構える。

 だがその挙動も一瞬手を止め、ロージュはある男に視線を奪われる。

 その場にいたグリニードも、カミューラも例外なく、動きを止めて一人の男に釘付けとなった。


 神崎ヒロトがゆっくりと立ち上がったのだ。

 意識を失っていたと誰もが思っていた神崎ヒロトが。

 一瞬唖然としたロージュだったが、すぐさま声をかける。


「ヒロト。無理をするな。あとは私が……」


「……ゔゔっ」


「ヒロト?」


 ロージュがヒロトの様子がおかしいことに気づく。

 

「ああ゛ッ」


 ヒロトの目が鋭くなる。

 そして瞳孔さえも塗りつぶすように目が赤く染まり始めた。

 それだけじゃない。青色の短髪だった髪がどんどんと伸びていき、根本から徐々に白ずんでいく。

 そして右腕が光り始めたかと思うと、パキパキと音を立てて淡い水色の水晶体らしき物体がヒロトの右腕を覆い始める。


「なっ……!?」


 唖然とするロージュ。

 だがロージュに顔を向けることなく、ヒロトはグリニードに向けて進み始めた。

 ヒロトの歪な顔を見て、悲鳴をあげるグリニード。

 慌てふためきながら1番を地面に放り投げる。1番は意識を失ったのか青白い顔で地面に倒れた。

 するとヒロトの額に青筋がより鮮明に浮かびあがった。


「ゔおぉぉぉおおおお!」


 と獣のような咆哮をあげた。

 驚いたグリニードは腰を抜かしてしまい、地面に尻餅をつく。


「な、なんなんだ、お前……。ひ、ひいいい、ひいっ」


 呼吸の仕方を忘れて涙目で奇妙な声を出すグリニード。

 そんなグリニードを水晶体で覆われた手で掴むと、ヒロトは軽々と持ち上げた。

 優に100kgは超えるであろう巨体を片手で持ち上げたのだ。


「ヒィィィィィッ、ママ、ママ、助け」


「グリニードちゃんんんん」


 脇目もふらず、カミューラは剣を手に取るとヒロトに近づき、ヒロトの背中に向かって振り払った。

 だが剣は背中に当たった途端、キンと乾いた音と共に跳ね返る。

 さながら鉄と鉄がぶつかり合った時になる音だ。


「まま……」


 鬱血していき、顔が青白くなるグリニード。

 カミューラは慌ててながらも、思いついたかのように叫ぶ。


「電流をながすわ!」


 そう叫ぶと瞬く間にヒロトのブレスレットから火花がちり、ヒロトの全身に電流が流れる……かに思えた。

 だがここで妙なことが起こった。

 全身に流れると思っていた電流を、ヒロトの水晶体が吸収したのだ。

 淡い水色の水晶体の中がビリビリと音を立てて黄色い稲光で光り始める。

 電流も効かないのかと、絶望の表情を浮かべたカミューラ。


「ーーヒロトッ!」


 ロージュは声を荒げる。 

 このままではグリニードが死ぬ。

 ヒロトが人殺しになってしまう。

 だがヒロトに声は聞こえてないのか、反応なくグリニードの首を締め付ける。


「ヒロト! 何をしてあるのだ、聞こえてないのか!? 戻ってこい!」


「……」


 この時初めてロージュは、ヒロトが大量の涎を流していることに気づいた。明らかに異常な状態。

 そして、白化する髪、どす黒く染まる瞳。そして、見たことのない右腕を纏う水晶体。こんな魔法は効いたことがない。

 ロージュの中で一つの仮説が組み垂れられ、ある一つの結論に辿り着いた。

 それは一定の確率で生まれてきてしまう、魂の入っていない生き物。


虚物(ホロ)。人の、虚物(ホロ)……?」


******************************


 ここはどこだろうか。

 あたりを見渡すが、足元を除いて暗闇が広がるばかり。

 足元だけが光輝いている。


「んー……」

 

 俺はどうすれば良いのだろう、と上を見上げて嘆いた。

 

 ーーおいっ、テメェ! ようやく繋がったな! 


「ん、なんか変な声が」


 どこからか聞こえる……というか、声が脳内に響いている?

 誰かがテレパシーで語り掛けているのか?

 訝し気な表情を浮かべていると、声が再び聞こえる。


 ーーおい、無視すんじゃねぇ! 聞こえてんだろうが!


「分かった、聞こえてるよ。誰だよ」


 ーー俺は魔王だ。


「……ほお」


 呆れたように返事をした。

 本当に何なんだ、これは。夢か?


「そうかぁ、魔王か。魔王が何のようだ」


 ーー文句言いにきたんだよ! 折角転生直後の勇者を殺そうとしていたのに、邪魔しやがって!


「何の話だ」


 ーーまた俺殺されるじゃねぇか! 勇者つえーんだよ! 毎回勝てないんだよ!


「まじで何の話を聞かされてるんだよ……」


 そろそろつき合うのも面倒になってきた。

 耳を塞いで聞こえないようにしても、直接脳に語り掛けられているからか、全く効果なし。


 ーー200年ごとに殺される俺の気持ちになってみろ! お前さ、人型の虚物なんだから色々とーー

 ーーヒロト。……ト。


「……ん?」


 鬱陶しい声以外にも鈴の音のような心地の良い声も聞こえてきた。

 声の聞こえた方向へ歩くと、より声が鮮明になっていく。


 ーーお前は俺の武器だ。てめぇの魂を体からひっぺがして、もう一度武器にしてやるよ!

 ーーヒロト、戻ってこい! ヒロト!


「変な声は無視するに限る」


 そう言ってヒロトはロージュの声がする方へと走った。

 一面暗闇だったが、ロージュの声が鮮明になっていく方角へとひたすらに走った。

 すると、足元の光が強くなっていったーー。


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