奴隷編⑦
部屋に入ると、1番は呆然とうずくまっていた。
ヒロトは放心状態の1番に近づくと言った。
「1番。大丈夫か」
「……処分の日はいつになりましたか」
「安心しろ、処分に何てならねぇよ。とりあえず屋敷を出よう」
「処分にならない……? どういうことですか?」
「説明は後でする。とにかく屋敷を出よう」
「や、屋敷を出る……?」
その言葉を聞いた瞬間、1番の顔色が青白くなる。頬から冷や汗を垂らし、怯えた目でヒロトを見つめる。
そして言った。
「屋敷からは出ません。ここにいます」
「1番。どうしたんだ。折角この屋敷から出れるんだぞ」
「いや、いやです。外は怖い。外は怖いんです……」
そう言って1番は体を震わせてポロポロと涙を流した。
「……」
理由は分からない。けど1番は外が怖いようだ。
無理につれ出すことは出来ないな。
ヒロトはロージュの方を向き、言った。
「悪い。もう少しだけここに居ていいか?」
「あぁ、もちろんだ。それにしてもイチバンとは初めて聞く名前だ」
「いいや、名前じゃなくてただの識別子。この少女の本名は知らない」
それを聞くとロージュは鈍い顔をした。
「奴隷の一面が見えた気がするのだ。とにかくこの部屋でお父様を待つしかないな」
「アクシスさん、だっけ。怒っていたな。ロージュは怒ってないのか?」
「怒っているさ。だが、あの場はお父様に任せるべきだと思った。交渉術なんて私は知らない。それにしても、どうしてヒロトがあの暗殺依頼書を持っていたのだ?」
「ダビデの部屋を漁ったんだ。なんか弱みを握ろうと思ってな。こんな形で使えるとは思っていなかったけど。運が良かった……いや、悪い。ロージュの母さんを殺された証明書だ。在って運が良いとか言うのは相応しくないか」
「いやぁ、ヒロトに悪意がないのは分かる。気にしなくて良い」
なんだか普通にロージュと話をしているな、と今更気づいた。
ヒロトが1番の頭を優しく撫でた。
すると1番は緊張の糸が途切れたのか、倒れこむように眠りについた。
「随分と懐かれているようだな」
「そんなことねぇよ」
そう言いつつ、ヒロトの機嫌は良く頬は緩んでいる。
そんなヒロトの横顔を見ながらロージュはふふと笑った。
「ヒロトがグリニートを落としたのは大方、その少女のためといったところだろう?」
「……なんでそう思ったんだ」
「ふふふ、さっきやけに俺のために落としたと言っていたからな。あれでは他の人は関係ないと強調しているように聞こえた」
そう言ってロージュは目を閉じながら、美しく微笑んだ。
「……はぁ、なんだか。意固地になっているのがバカらしくなってきたよ。ロージュ。今更だけど、許すよ。あの時、俺から目を逸らしたことを」
……よくよく考えれば、ロージュは目を逸らしただけ。
必ず助けるといって、こうして助けに来てくれた。何一つロージュに対して怒ることなどなかったんだと気づいた。
だが、ロージュは首を横に振る。
「いやーー、許されるものではない。だから許さなくてよい」
だがロージュはヒロト以上に意固地なようだ。
「だぁーー! 俺が良いって言ってんだから許す!」
「いいや、ダメだ! ヒロトは許してはいけない!」
「なんで俺が許すかどうかをロージュが決めてんだっ!」
なぜか喧嘩に発展し、ロージュと顔を見かいあって言いあう。
すると、急にどこかおかしくなって二人は笑った。
ロージュが笑いながら言う。
「ははは、確かになぜ私は許すなと懇願しているのだ。普通逆だろうにーー」
すると、コンコン部屋の扉がノックされた。
その音と同時に、1番が目を覚まして体を起こした。
「ーーあぁ、お父様だ。私が開けるよ、ヒロト。大丈夫だ」
そう言ってロージュは立ち上がる。
「お父様、今開けるぞ」
そう言ってロージュがドアノブに手を伸ばして回す。
かちゃり、と音が鳴り、ドアを開けたときーー。
扉の向こうに映ったのは、細身の人影でなく、おおきく丸まるとした人影のーーグリニードだった。
グリニードは邪悪な笑みを浮かべ、突如として片手に握りしめていたハンマーを真横に振り払う。
完全に油断をしていたロージュは咄嗟に防御が出来ず、弧の軌道を描いたハンマーが腹部に直撃し、真横に吹っ飛ばされる。
そのまま部屋の隅の木箱の群れに体は突っ込み、衝撃で上に積まれていた木箱が崩れて大量の木箱がロージュの後頭部を直撃。
「あ”っ……」という鈍い声とともに、ロージュは木箱に埋もれてしまった。
頭には大量の血についた包帯を巻き、脂肪に包まれた体を揺らしながら、グリニードは叫んだ。
「ここにいやがったのか奴隷どもぉ!! さっきはよくもやってくれたなぁ!」
咆哮を上げたグリニードがゆっくりと部屋の中に入ってくる。
左手には血の滴るハンマーを握りしめ、獲物を追い詰めた獣のように目をギラギラと血走りながら、ずんずんと音を立ててヒロトの方へ向かってくる。
ヒロトはすぐに立ち上がり、1番を背中の陰に隠す。
「随分早い退院だな……グリニード。その不要な肉が役に立ったか?」
ちらりとヒロトは壁に立てかけてある剣に視線を向けた。
剣はグリニードの後ろの壁に立てかけてあり、どうにか剣を手に入れなければいけない。そのために挑発する。頭に血を上らせて隙を作るんだ。
「ざっけんなぁぁぁぁぁ! 教育! 教育、死刑だぁぁぁぁ!」
案の定、頭を真っ赤にしたルーズベルトが、巨体とは思えないスピードで突っ込んでくる。
間違いなく、左手からの大振りがくる。
そう読んだヒロトはグリニードがハンマーを振り回す直前、体勢を低くして滑り込む。頭上1㎝のところをハンマーが風を切り、そのまま剣に手を伸ばした。だがその刹那、体に電流が走り悲鳴を上げた。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!」
痛みで地面に転がりながら、なぜと口をつく。
グリニードは頭に血が上り、ハンマーで殺すこと以外考えられないと思っていたのに。
突然、冷静さを取り戻したのか?
そうヒロトが蹲り、もがく頭上で赤いスカートが眼に入った。
「ダメじゃない、グリニードちゃん。奴隷が反抗したときは……こうでしょう?」
扉の向こう側、ヒロトの頭上で立ち上がり、口の端を目いっぱいつり上げて笑っていたのはカミューラだった。
扇子を広げ、いかにも痛快といった感じの目でヒロトを見下す。
グリニードは体をゆらゆらと揺らしながら、ハンマーを握りしめると頷いた。
「あぁ、そそそそうだねぇ……ママ。ママの言う通りだ。僕が馬鹿だったみたい。そいつはあとでいいや……まずはこいつだ」
そう言ってグリニードは一番を指差した。
教育教育死刑死刑




