奴隷編⑤
短い
「ロージュ。よりによって、ここで来るのはお前なのか」
ヒロトが剣を構える。
するとロージュが目を丸くしながら言う。ロージュは剣を構えない。
「……ガルフォード家に向かっている途中で人が3階から落ちたのが見えたのだ。門番に無理をいって、入らせてもらった。そうか、ヒロト。お主がやったのか?」
半信半疑、といった表情でロージュはヒロトに問う。
ヒロトは頷いた。
「そうだ。俺がグリニードをここから落とした」
「それはーー事故か?」
「いいや、故意だ。俺が誰のためでもなく、俺のために落とした。あいつが憎かった。殺してやろうと思った」
2番には罪が行かないようにしなくては。
ヒロトは、俺のためだと強調しながら言った。
するとロージュの顔が曇った。
「そうか……。事故だったら良かったのだが、故意的か」
「どうする気だ。俺を裁くか? ははは、もう余罪はあるな。俺は死刑か? ロージュ」
余罪という言葉を強調する。
俺が奴隷落ちしたのはロージュが悪いわけじゃない。
あの場でロージュが助けなかったのは、俺から目を逸らしたのは状況的に仕方ないことなのかもしれない。
そう思うこともある。
けど、そうやってすぐに割り切れない部分も絶対にあった。
ロージュの顔が少し歪む。
「あぁ……そうだな。私が助けなかったから、ヒロトはこうして奴隷になっている。だから、来たのだ」
「だから……来た? 何言ってんだ?」
そうしてヒロトは思い出した。
冒頭、ロージュが「ガルフォード家へ向かう途中に」と言っていたことに。
ロージュは何のためにここに向かっていたのだろうか。
ロージュは顔を上げて、今度は目を逸らすことなくヒロトを真正面から見つめた。
「私はヒロトに謝るために来たのだ。あの時、ヒロトの助けを無視してしまったから。それを謝りたくて、ここに来た」
「えっ……」
「ヒロトの体が血だらけだ。そのすべての傷が私のせいだ。許されることではないと思っている。ーー本当にすまなかった」
そう言ってロージュは深く深く頭を下げた。
ヒロトは何て言葉を返したらよいのか分からなかった。
言葉に詰まっている、その時、多くの足音が鳴り響いた。
ロージュのいる廊下の反対側の階段から顔に青筋を浮かべたカミューラと複数の兵士が駆け上がってきたのだ。
ヒロトは剣を構える。
「いかがいたしましたか、カミューラ様」
ヒロトの言葉にカミューラは顔を真っ赤にして自分の髪をぐしゃぐしゃに引っ掻くと、髪の隙間から狂気と殺意に満ちた眼差しをヒロトへ向ける。
「お前が可愛い私の息子をここから落としたのね……?」
「その通りです。カミューラ様。息子さんにはまだ息がありそうで良かったです」
ヒロトが口した挑発の言葉に堪忍袋が切れたカミューラは怒りのままに叫び、兵士に向けて命令を放った。
「お前ェェェェッ! さぁ、この奴隷を殺すのよ! こっちには上級騎士ロージュもいるのだからお前らが生き残ることはない! 苦しんで死ね!」
カミューラは甲高い声で叫び手を振り下ろすと、それを合図にカミューラの後ろの兵士たちが剣を握って突撃を開始する。
前方から甲冑を見に纏い、剣を握った兵士三人。
一方でヒロトは防具もなく、剣一つ。
それでもヒロトは諦めることなく、腰を低くして臨戦態勢を取ると雄叫びを上げた。
先制したのはヒロト。
足を踏み込んで、力いっぱい剣を振り下ろす。
だが、当然彼らの甲冑にはじかれる。
「馬鹿だな。俺らに勝てるわけないだろう」
剣が弾かれ無防備となったヒロトの肩に向けて兵士が剣を振り下ろした。
誰もがヒロトの肩に剣が食い込むと思った。
「そうはさせぬ」
屋敷に金属と金属がぶつかり合うキンッという音が鳴り響くと、剣は兵士の手から離れて空中をクルクルと回り、床につきささった。
唖然とする兵士の手前、ヒロトの前に銀髪と漂わせたロージュが立つ。
「ヒロトに触れさせはしない。ヒロト。許してほしいなどは言わない。許されることではない。だが、この状況だけは任せてくれないか」
剣が振り下ろされる直前、ヒロトと兵士の間に体を入れ込み、振り下ろされる剣を弾いたのだ。
ロージュは片手剣ーーグラディウスを構えて兵士を睨む。
目の前に立つは国からただの騎士でなく、上位の強さ持つと認められた上級騎士ロージュ。その者が持つ剣先からの光沢が嫌でも兵士の目に焼き付く。
兵士は怯み本能的に後退りを始めた。
だが、撤退を許す訳もないカミューラが叫ぶ。
「なにやってんの、あんた達! 敵は上級騎士とは言え女一人でしょうが! 力でゴリ押しなさい! さもなくば、あんた達の家族が路頭に迷うよ!」
家族が路頭に迷うという言葉は貴族から発したものであればただの脅しではない。
先ほどまで困惑の色が濃かった兵士の色が変わりギラギラと闘志が宿る。
床につきささっていた剣を抜いて、もう一度ロージュに剣を向けた。
その様子を見てロージュは嘆息した。
「ここで退いてくれれば最善だったのだが、仕方ない。私は負けるわけにはいかないのだ」
ロージュの剣が赤く燐光を帯び始めた。




