奴隷編④
懐に暗殺依頼書を忍ばせて、何食わぬ顔でモップで床を擦る。
食堂の掃除をしつつ、従者たちの小話に耳を傾ける。
彼らの話から屋敷の奴らの動向や世間のことを把握出来るのだ。
「ダビデ様ってペットとして犬飼ってるわよね。ホント、貴族ってやりたい放題よね」
「ね〜。下民にはペット禁止令を国が出してるのに。貴族は平然と飼うんだから」
「もし飼ってた犬が虚物だったらどうするのかしら」
「そこは、なんか上手いことやってるんじゃないの? ほら、奴隷に世話させてるじゃない。まず被害が起こっても奴隷が死ぬ感じ?」
「あはは! ひどーい」
雑巾で床を掃除しながら、この世界特有の常識を聞いた。
ーーペット禁止令、か。
どうやらこの世界ではペットを買うことは禁じられているらしい。
理由は虚物が関わってるからだとか。
……虚物ってなんだ? ロージュから説明はされてないな。
「虚物ってさ、見たことある?」
「私はなーい。冒険者とかじゃないと見ないんじゃない? 正直さ、虚物の何が怖いのか知らないんだよね、キャハハ」
「あんたよくそれで貴族の従者に採用されたわね」
「顔が良いからかなー?」
「まぁとにかく虚物の怖さについて知っておきなさい。虚物の怖い点は異能よ」
「聞いたことあるかも」
「魔法はこの世の物理法則に従って生み出す力。異能は理の外の力と言われているわ。あと見た目。普通の生物と見た目では判断つかないの」
「えっ、じゃあどうやって判断するの?」
「異能発現の直前に見た目が変わるの。瞳の色はどす黒い赤色に変わり、体格は大きくなって、体毛は一瞬にして白く染まるの」
「へー」
「あんた、聞いてないでしょ」
そろそろ掃除を始めなければと再開する。
食堂を抜けて、廊下へと向かう。
「あっ」
モップを持った1番と目が合った。
「一番。次はどこの掃除だ?」
「私語厳禁ですよ。次はグリニード様の部屋の掃除です」
そう言いつつ、一番の顔は曇っている。
「俺が代わりに掃除するよ」
「いえ、ダメです。グラニード様のお部屋に関しては、掃除相手は私と決められています」
ギリッとヒロトは奥歯を噛んだ。
あいつは俺よりも2番を好む。理由は単純に俺よりも2番の方がか弱いから、だ。
「ダメだ。昨日の今日だ。何をされるか分かったもんじゃない」
「それでも行かないといけません」
「最悪殺されるかもしれないんだぞ」
「物には寿命があります。いらないと言われたら捨てるだけです」
「ふざけんな。俺がどうにかする。だから」
すると、ドスンドスンと地面が軋む音がした。
これはデブのグリニードがこっちに歩いてきている音だ。
「1番。俺が代わりに掃除するから」
「いえ、ダメです」
慌てて1番から掃除道具を奪おうとするも、1番は抵抗する。
「クソ」
グリニードが近づいてくるのを察して、ヒロトは自分のモップで掃除を始めた。
角を曲がったグリニードは1番を見かけるとにやりと黄ばんだ歯を見せて笑った。
「おお、1番。昨日は途中で終わったからな。今日こそは、鞭の威力を試してやる。どこまで叩けば死ぬのか試したくなったんだ。来いよ」
「はい」
1番は頷いて、大人しくグリニードの後をついていこうとする。
「待て!」
ヒロトは叫ぶ。
グリニードは1番を殺す気だ。
グリニードがくるりとこちらに顔を向ける。
「おい、2番。待てってのは誰に向かって口を聞いているんだ? 分かってないようだな」
途端、首から電流が流れて全身に痛みが伴う。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
痛みで地面に蹲る。
グリニードがヘッと鼻で笑う。
「お前なんて電流を流し続ければ殺せるんだ。生殺与奪を握っているのは俺。いいや違うな、奴隷は物だ。捨てるも置くも俺の権利だ。反抗する道具なんであってはいけないんだ」
鼻の奥から肺が焦げような匂いがする。
吐き気が込み上げてくる。
「お前は大人しくしていればいいんだ。あぁ、そうだ。明日からは2番。お前の番号は1番になるさ。何、気にするな。代わりはいくらでもいる」
そう言ってグリニートはケラケラと笑いながら1番の肩に手を置いて自室へと消えていった。
焦げた体のまま、ヒロトはふらふらと立ち上がった。
やることが決まればこんなに体が軽いのかと驚いた。
掃除のモップを地面に置く。
口元の自分の血を拭った。
ふらふらと歩いて、鍵が閉まる直前にグリニートの部屋に入る。
「は? お前、何しに」
問うグリニートに当然答えることもなく、ヒロトはグリニートの腹部に前蹴りをぶちかました。
丸々とした巨体は地面に転がり、ドシンと大きな音を立てて壁に激突する。
「へ……」
情けない声を上げて呻くグリニード。
ヒロトはゆっくりとグリニードに近づいていく。
「お前、奴隷のくせに何をしようとしているんだ。この僕に逆らう気か!?」
叫ぶグリニードの足をヒロトは掴む。
そして冷たい声で言った。
「電流を流してみろ。お前にも流れるぞ」
焦げて灰色となった頬を上げてヒロトはにやりと笑う。
グリニードが「ヒイッ」と声を上げる。
「なにを、する気だ」
ヒロトは答える間もなく、グリニードを持ち上げた。
体重は100キロを超えているはずだが、自分でも驚くほど簡単に持ち上げる。
「決まってんだろ。昨日と同じだ。ゴミは捨てるだけだ!!!」
そういって力に任せてヒロトは窓に向かってグリニートを放り投げた。
グリニードの巨体はいとも簡単に窓をパリンッと割り、そのまま地面へと落ちていく。
ドスンと地鳴りのような音が響き渡り、直後従者たちの悲鳴が聞こえた。
騒々しく喚く外と対照的に静まり返る部屋。
唖然として声の出ない1番に向かってヒロトは言う。
「悪い。我慢できなかった。けど、もう終わりだ。全部ぶっ壊してくる。何か言われたら俺のせいにしろ。お前はどうにかして生き延びろ」
「な、んで……」
「ムカついたからだよ。命をゴミみたいに扱うグリニートが。自分の命をゴミみたいに使う、1番にもな。お前のためじゃない。だから俺が死んでも気に病む必要はない」
そう言ってヒロトはグリニードの部屋に落ちていた剣を手に取る。
足掻くだけ足掻いてやるさ。
恐らく俺を殺すために衛兵がやってくるだろう。
誰が来ようと戦うだけだ。
意を決して剣を握り廊下へと飛び出す。
すると、階段からガシャガシャと甲冑が揺れる音が聞こえる。
衛兵が来たのだと理解した。
ヒロトは剣を握りしめ、構える。正直剣の使い方なんて知らないが、戦うしかない。
そして来る人物を待っていると、階段下から現れたのは甲冑の下から銀髪の髪を靡かせた少女だった。
それはヒロトのよく知る人物ーー。
ヒロトは思わず口にした。
「ロージュ……よりにもよってお前か」




