奴隷編②
奴隷としてガルフォード家で働いてはやくも二日が経過しようとしていた。
徐々にこの屋敷のことも分かってきた。
ガルフォード家の家族構成は当主のダビデ、妻のカミューラ、息子のグリニードの3名のようだ。
屋敷にはこの3名以外にも従者らしき人間が住んではいるが、彼らは奴隷である俺たちを避ける。
この二日間、なんど電流を喰らったか分からない。
特に酷いのはデブ息子のグリニード。
俺は心の中でクリニートと呼んでいる。お腹がぽっちゃりと出ており、まるで栗のような見た目を連想させるからだ。
こいつがとにかくゴミだ。
掃除の仕方が甘いだの、足音が五月蠅いだの、いちゃもんを付けて電流を流す。
そして電流でもがき苦しむ俺を見下しながら「きゃはは」と甲高い耳障りな声で笑うのだ。
今日も今日とて電流を浴び、ボロボロの体のまま犬小屋に入った。
俺たち奴隷にきちんとした住処は与えられておらず、与えられているのは犬小屋の一室。
しかも一番小さく地面が土であり、適当に置かれた藁がベッド代わりの醜悪な寝床
軋む木製のドアを開き中に入ると、すでに1番がいた。
ちなみに未だに彼女の名前を俺は知らない。
聞いても、ここでは名前なんて意味がないと言って断られた。
「お帰りなさい、2番」
ただ部屋に戻ってきたときにお帰りなさい、とだけは必ず言う。
それ以外で会話をすることはほとんどないが。
義務のような挨拶を述べると、少女はくるりと背中を向けて着替え始めた。
ヒロトは思わずぎょっと驚く。
「お、おい。着替えるなら着替えると言ってくれ」
1番の少女は「?」と首を傾げる。
どうも、一般的な世間の感覚とは少し乖離しているようだ。
1番は気にも留めずに着替え始めた。顔を逸らそうとしたが、目の端に彼女の背中が見えた。
背中にはいくつもの鞭のような跡がくっきりと残っていた。
「なっ……!」
思わず声が漏れる。
怪訝な顔をして着替えを再開しようとする1番に向かって、俺は声をかけた。
「おい、なんだよその痣は。一体誰にやられたんだ!?」
「静かにしなさい、2番。お犬様が起きてしまいます」
「そんなこたぁいいんだよ! なんだよ、その傷は!」
「……? この傷はグリニード様より頂いたものです。昔の私は物覚えが悪かったため、ご指導をいただいたのです」
「指導……? 女の子に、あいつは鞭を打ったのか?」
「何を怒っているのですか? 私たちは奴隷ですよ」
「だから、なんだよ!?」
「奴隷は物です。使われるだけです。何度も教えたでしょう?」
「納得してねぇよ。物として使われて、死んだらどうすんだよ」
「はい、死にます」
「……は?」
「死にますよ。奴隷は大抵20歳までで死ぬんです。奴隷として生まれたのですから、いつか死ぬことは分かっています。私たちは物です。ガルフォード家の物なのです」
「……」
声が、出なかった。
目のまえで平然と「死」を受け入れている少女に対して返す言葉が見当たらなかった。
すると、大声で犬たちが気づいたのかゴソゴソと動く音がする。
「お犬様を起こしたら怒られてしまいます。早く寝ましょう」
「……あぁ」
ロウソクの明かりが消える。
何も言うことは出来ず、汚れた藁の上に横たわる。
眠れずに、頭の中でいろんな思いが錯綜する。
なんで、幼い少女がこんな目に遭わないといけないんだ……。
この世界はなんなんだ。
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翌日、眠い目を擦りながら掃除をする。
「ふぁ~~」
と大きな欠伸をしてしまい、思わず手から箒が離れて地面にカランと音を鳴らした。
慌てて箒を拾い、周囲を見渡す。
良かった。どうやら誰も近くにいないみたいだ。
やっている作業は奴隷というか召使いだな。
そんなことを考えていると、パアンッ!と庭から破裂音が聞こえた。
慌てて音の出どころである庭に顔を覗かせると、デブ息子のグリニードが意気揚々と叫んでいた。
「はははは! どうだ、1番! これが新作の鞭だ!」
そういってグリニードが満面の笑みで鞭を振り下ろす。
鞭はうねりを上げ、びゅうびゅうと空気を切り裂く音を奏でながら、地面をえぐる。
「……!」
2番の少女は少し顔が強張る。
当然だ、あんな鞭を喰らったら死んでしまうかもしれないのだ。
「ははは! これはな、鞭の先端を宝石で固めることにより、殺傷力と希少価値を上げているのだ! では、早速……」
その時、ヒロトは近くのバケツの中を見る。
床の汚れが溜まった黒く濁った水がバケツの中には入っていた。
「これを食らわしてやるよっーーー!」
グリニードが意気揚々と鞭を振り上げた瞬間。
ヒロトは汚水の貯まったバケツを持ち上げ、バケツを外に出しひっくり返して水を捨てた。
汚水が3階の窓から地面に向けて落ちていく。
ちょうど、鞭を振り下ろそうとしていたグリニードの頭の上に。
「うわぁぁぁぁぁ!? な、なんだ!?」
突如、3階から落ちてきた大量の汚水がグリニードの頭上に直撃する。グリニードは慌てふためき、尻もちをついていた。
少し間があき、涙目になったグリニードは立ち上がって
「マ、ママァ~~」
と情けない声をあげてその場を立ち去った。
鞭から体を守るために蹲っていた1番は一瞬、何が起こったのか分からないといった表情をした。
そして顔を上げて、3階の窓から空のバケツを持ったヒロトに目を向ける。
一瞬目があったが、ヒロトは視線を逸らして掃除を再開した。
夜。
ヒロトが犬小屋に戻ると、1番が正座で待っていた。
一瞬ヒロトは驚きながら、「なんだよ」と言う。
「どうしてあんなことをしたのですか?」
「あんなこと……?」
「誤魔化さないでください。グリニード様に汚水を掛けたのはあなたでしょう」
「……あぁ、水を変えようと思って捨てたんだ。もしかして、グリニードにかかったか?」
「グリニード様、と言いなさい」
「はっ、よくあんな豚に様付けが出来るな。そうだよ、俺が汚水を掛けた」
ヒロトは鼻を鳴らして、ドカッと腰を下ろした。
1番は相変わらず無表情で言う。
「あんなことはもう止めなさい。私たちは物です。物が主に攻撃して良いと思うのですか?」
「物じゃねぇよ。俺も、お前も」
「いいえ、物です。奴隷とは物なのです。私たちに意志はないのです」
「違う。意志が無くなることはない。捨てただけだろう。正しくは目を逸らしているだけだ」
1番は怪訝な顔をした。
初めて見せる表情の変化だな、と思った。
この生活は地獄だ。苦痛に感じる意志すらも捨てたほうが楽なのだ。
だから、目の前の少女は自分の意志を捨てた。
「……」
何が言いたげな表情を浮かべる、1番に背を向けて寝転ぶ。
これ以上の会話は無駄だ。
「私は……あなたに助けを求めていません」
あくまで1番は助けを拒絶するようだ。
「それでいいさ。俺は俺のやりたいことをやるだけだ」
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