裏-風塵の姫君
見上げた夜空に、月や星がない。
「姫様、もうそろそろお眠りになられた方が」
側に控えていた侍女が、私をベッドへ入るよう促した。
私は「そうね」と頷くと窓辺から離れ、整えられたベッドに潜ーーーろうとした。
「お休みのところ、失礼致します」
ノックは一応するが、こちらの返事も待たずにズカズカと入ってくる男。私は非難する眼差しを向けた。
「淑女の部屋に許可なく入らないで下さいまし」
「大変失礼致しました。以後気を付けましょう」
思ってもない癖に。そう言ってやりたい衝動を抑え、私は「それで、用件は?」と本題に入るよう促した。
男ーーーアレンはパンタシア騎士団の副長である。彼は侍女に席を外よう指示すると、侍女は一礼して部屋を後にした。
こんな時間に、私の様な存在に会いにくる理由が何なのか。全く検討がつかない。ーーー少なくとも、密会や夜這いと言った色のある事ではないのは確かだ。
アレン副長はギロリと私を睨む。そして
「氷雪の国との貿易が禁止された」
その言葉に私は内心で「発覚してしまったのね……」と呟いた。そこには嬉しさも含まれてなければ、感慨もない。
アレン副長は苦々しそうな表情を浮かべ、威圧的に私に問うた。
「貴女の仕業ではないのか?」
「まさか、何故私が?」
寧ろ、どうやって?と聞いてやりたい。
私は自傷じみた笑みを浮かべた。
「私を含め、ファータ王家の者は全員幽閉されているのですよ」
私が生まれた少し後に、ファータは隣国パンタシアに滅ぼされた。
当然、王家は全員処刑ーーーとはならなかった。
理由は、ファータがこの世界で唯一、上位存在の加護を受けた国ーーーと、当時思われていた為である。
生まれた時から幽閉されている為、自国の歴史を詳しくは知らないのだが、建国者がとある上位存在の眷属だったらしい。
そして建国者は、自分の子孫にある特徴を付ける事を許された。
言い返す言葉が見つからなかったのか、アレン副長は開き直って別の話にすり替える。
「そう言えばお聞きになりましたか?泡沫の姫君のご結婚が決まりました」
底意地の悪い笑みを浮かべ、アレン副長は曰った。私がどの様な反応を見せるのかと楽しむ様に。
結婚ではなく人身御供でしょうーーーその言葉を飲み込んだ。ここで反応してしまっては、相手を楽しませるだけである。
私は表情筋を制御して、全く動じずに「そうですか」と素っ気なく応じた。
その様子が予想通りお気に召さなかったらしく、アレン副長は「ふんっ!」と踵を返す。ズカズカとそのまま扉まで歩き
「ご自分の価値を高めないと、いずれ貴女もそうなりますよーーー風塵の姫君」
捨て台詞を吐いて出て行った。
遠ざかっていく足音が聞こえなくなると、私はベッドに倒れ込む。ギュッと唇を噛み締めた。
「えぇ、分かっているわ」
泡沫の姫君ーーーネレイドは私の5つ上の従姉妹である。
パンタシアの上層部は、ファータ王家の血を取り込もうと、妙齢の姫達を妻に迎えていた。
その目的は上位存在からの加護を受ける為ーーなどではない。
ファータ王家の血に何の加護も宿っていないのは、数年前に起きた災害と、とある事で証明されているからだ。
それでもファータ王家が生かされている理由、それは氷雪の国との交易である。




