過去編-なかなかやるわね
乗り込んだパンタシアの船ーーコンテナ船の構造は単純で、隠れる場所は少なく積まれているコンテナは余りにも多かった。
積まれた大量のコンテナの中にナギが捕まっていたら、見つけるだけでも相当時間がかかる。
しかも船内を哨戒している連中に、バレないように探さなくてはならないのだ。
「何か目印とかないのかよ!?」
と、嘆きたくもなる。不幸中の幸いは、転んでもただでは起きないのがナギである。
ナギがただで捕まるとは思えない。きっと何か残している筈だ……本当に捕まっていればの話だが。
風見は近くにあったコンテナをそっと開けた。
「何も入っていない……。これで幾つ目よ?」
空のコンテナばかりに、風見は首を傾げた。もし烹鮮のナマコを密輸しているのなら、コンテナの中が空なのはおかしい、と言いたいのだろう。
俺は「堂々と密輸品を積むなんて馬鹿だろう」と答えた。
「つまり、ナギもコンテナの中じゃなくてそこに隠されてる可能性があるって事ね」
「……死体じゃなきゃいいけど」
コンパクトにする為に、手足がバラバラに切り刻まれ真空パックにされていない事を祈る。ーーいや、それはないか。
わざわざ死体を自国に持って帰る理由がない。
そう納得するとーー油断していたらしい。巡回していた船員に見つかってしまった。
水兵のような格好をした船員が一人。月が丁度雲に隠れ、暗がりのせいで顔が見えない。風見は反応に一拍遅れたが、次の瞬間、手刀を喰らわせーーようとした。
「!?」
「危ないわね」
風が雲を攫う。月明かりが、ポニーテールに結んだ金髪に反射し、女は持っていた拳銃で風見の手を防いでいた。風見の動きについてこれるとは、なかなかの反応速度である。
「なかなかやるわねーーならこれは?」
そう言って、風見は指を鳴らした。え、と俺も声を上げる。
強風が船上に吹く。渦となり、風見以外を床へと押しつけた。俺もかよ……と項垂れる俺に目もくれず、風見は金髪女の顔ギリギリを勢いよくダンッと踏む。
「ナギーー密輸品は何処かしら?」
本当に密輸に関わっているのか確証もないのに、風見はそう言った。俺は「どうしよう、この馬鹿…」と心の中で呟く。
取り敢えず、情報を聞き出したらこの船員は殺すべきだろう。そう思った時、
「私は無事だよ、風見」
背後から声がした。俺たちは目を見開き、急いで振り返る。
そこには行方不明になっていた人物が、ルカと共に立っていた。少しばかり悪戯心を宿した黒曜石の様な瞳を、爛々と輝かせている。
「だからそいつを離してくれないかな?」
そう言って、床に押さえつけられていた女の側に歩み寄る。風見は魔法を解き、ナギの手を借りて立ち上がったその女は呼吸を整えると
「初めまして、私はレイチュルと申します。火炎の国所属、階級は少尉です。現在、フルメン中将の命で密輸事件並びにパンタシアへの潜入捜査を行なっています」
と挨拶したのだった。
予想通り密輸先は、パンタシアであった。
氷雪の国は、烹鮮の財政が急上昇した事に疑問を抱き、前々から密漁を疑っていた。
しかし国から派遣された調査員が来れば、烹鮮の役所と繋がっている密漁者が警戒して尻尾を掴められなかったのだ。
そこで氷雪の国は、隣国であり同盟国でもある火炎の国に依頼した。その担当者が、フルメンである。
「そしてフルメンの部下であるレイが派遣されて、前々から疑っていたパンタシアに潜入していたんだ」
レイの主な任務は、密輸品が何処に積まれているかを探る事。これがなかなか分からず、手間取っていたのだ。
「そんな時、アルカナの流氷支部から連絡が入り、私たちが来ちゃったってわけ」
私が話した別ルートとは、火炎の国からの事だった。
フルメンに今回の事を話し、関係があるようなら連携を取るべきだ、と交渉していたのである。
「日向が思ったより優秀だったのが、誤算だったな」
日向に港を見張るよう言った理由は、勿論、密漁者を現行犯で捕まえる為だ。悲しいかな、密漁はその場での逮捕でなければ起訴出来ないのである。
日向が見張っている間に、フルメンとの協議を終えてしまおうと思っていた矢先、早々に密漁者が捕まってしまったので驚いた。
「あのなぁ!!少しは情報共有しろよ!!」
と言う日向の怒りは最もである。私は本当に申し訳ないと思いーーー風見とレイに改めて謝罪を述べた。
「すまない、風見。心配かけてしまって…」
「今後は気を付けなさいよ、まったく」
「レイも、私がちゃんと風見に伝えておけば……」
「私の場合は仕方ないわ。潜入捜査している者の情報なんて出せないもの」
「解せないっ!!俺なんて、2時間の正座地獄を味わったのにっ!!」
日向の嘆きに、ルカが「諦めろ」と肩を軽く叩いた。そんな二人は置いといて、私は風見にコンテナの確認は全て行ったか聞いた。
風見は首を横に振り「あんたを探していたから、全てを確認してはいないわ」と答え、
「船室にも密輸品は見つからなかった?」
「えぇ、今回もね」
レイは今までに来ていた船にも潜入しており、毎回全てのコンテナが空なのを確認していた。その答えに、私はニヤリと笑う。
「なら、外側は確認したか?」
「外側?」
そして私は至急氷雪の国に連絡すると、とある依頼をしたのだった。




