過去編-おイタも程々にしとけよ
事は急を要した。なんと、何の音沙汰もないまま、明日、パンタシアの船は港を発つとの知らせが届いたのだ。俺たちは目を丸くし、同時に焦った。
「どう言う事だ!?出港までにあと二日はあったはず」
「そんな事より、ナギは何処にいるのよ!?」
全くもって、どうすればいいのか分からない。謎がーー不明瞭な事が多過ぎるのだ。殊に相手が大国である為に、迂闊に手を出す事も出来ない。
と、思っていたのは俺だけみたいで
「さぁ日向、行くわよ」
「……総帥の許可は取ったのか?」
「そんな事している場合?」
あぁ、ハイ。ソウデスネ。
階級的には俺の方が上の筈だが、風見には逆らえない。特にナギの事になれば、俺に風見を止める事など不可能だ。
一応、身元が特定されないよう、何の特徴もない服装に着替えてきた。闇夜に紛れやすいそう、二人とも全身黒尽くめである。
さぁ、行くわよ!と風見に引き摺られて、俺は嫌々ながらパンタシアの船へと乗り込んだ。
鋭いーー強烈な痛みに、僕たちは絶叫していた。
何故こんな事に!?確かあいつはーーと、ことの次第を思い出そうとするが、すぐに思考は痛みに支配される。
「鵠沼の放任主義にも参ったものだよ」
そう呟く人物は髪を靡かせながら、阿鼻叫喚な部屋へと入ってくる。
カタッとした音から推測するに、女は部屋の奥まで行くと、部屋で一番立派な椅子、かつての支部長の席に座ったようだった。
「命までは取りはしないから、安心しなよ」
私はね、とその声には、僅かに嘲笑が含まれている。
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
何故お前が!?お前が何故!!何故ーーー
こいつが建物に姿を現した瞬間、何も見えなくなった。いや、認識出来なくなったと言うべきか。目には何も映らず、次の瞬間には鋭い痛みが指先に走った。
「ずっと探してたんだよね。同じ組織内の癖に、上手く隠してたせいで」
「まぁ、敵対派閥だから仕方ないんだけど」と言う呟きと、パラパラと書類をめくる音がする。
おそらく、直近の購入リストを見ているのか。それとも最近発表された自己流詠唱についての論文?こいつの目的はいったいーー痛い!痛い!痛い!痛い!
一体何が起こっている?何をされている?事態の分析を行いたくても、痛みで思考は霧散する。
ただ一つ分かっている事は、突然現れたこの女の正体だけ。こいつの能力は、戦闘向きではなかった筈だ。もっと役に立たない、クズ能力だった筈だっ!!
女は机の上にある支部長用のパソコンを立ち上げると、USBを突き刺した。カタカタとキーを叩く音がする。
「あった、あった」
お目当てのデータを見つけ、女は艶笑を浮かべた。データをコピーし、USBを抜いた後、ついでにウイルスを感染させる。
かつての支部長用パソコンはただの粗大ゴミと化した。
「おイタも程々にしとけよ」
もう遅いけど、とそう呟くと、女はその場ーー全員が目を閉じ、自分自身で爪を剥ぎながら絶叫する部屋を後にしたのだった。




