過去編-取り敢えずこいつ、どうすればいい?
「そんな事より、サラマンダーへの対処は考えてあるんでしょうね?」
「……一応ね」
そう言いながらフイッと目を逸らす辺り、おそらくロクでもない事なんだろう。
「防火手袋は持ってきた」
「つまり、手だけ残るって事ね」
「流石に直接攻撃される様なヘマはしないっ!」
そして
「万が一、この山が消えても問題はないし」
と、少々、いや、かなり物騒な事が聞こえてきたが、私は聞かなかった事にした。
入山してから、およそ半日が経過した頃。
ナギと私は見つけた切り株に座って休憩していた。ナギはおやつと称して、チョコチップ入りのカップケーキをパクついている。「風見の分もあるよ!」と言われたが、出来れば冷たい物が欲しかった私は丁重に断った。
「それより、サラマンダーとなかなかエンカウントしないわね」
もういないって可能性はないのかしら?と首を傾げる。ナギはモグモグと口を動かしながら首を振った。
「もしいたのなら、そんな短期間にいなくなる事はないよ」
「なら、サラマンダーを見つけるまでずっと山の中にいるつもり?」
暗くなる前に下山しないと、さすがの私でも危ない。この山に熊はいないが、それでも危険な生物は沢山いるのだから。
ジト目を向ける私に、ナギは「いや」と否定した。
「休憩が終わったら、登ったのと反対側へ下山しよう」
「えー!!そうすると、帰るのが遅くなるわよ?」
不満を顕にする私に「それでも確かめなきゃいけない事があるんだ」とナギはキリッと言い放つ。
が、手にはクッキー、口の端にはチョコレートがついていて、全く締まっていない。
寧ろまだ食べるの?カップケーキって結構たまるわよね?と驚きと呆れに近い感情を抱く。
やれやれと言わんばかりに、私は溜息をついたのだった。
先ほどまでいた反対側とは打って変わって、地面が湿っている。どうやら雨が降ったようだ。
気温も下がっており、それが雨のおかげなのか、はたまたサラマンダーが近くにいないからなのか理由は分からなかった。
そして向かい風が吹いたと思ったら、先程いた山の反対側から煙が上がる。
煙は下に向かって流れているようだ。
「風見!此処から火を消せるか!?」
ナギは火元に向かいながら叫んだ。火の勢いが、予想以上に強い。
「可能だけど、サラマンダーに手を出す事にはならないの!?」
もしあの中にサラマンダーいた場合、火を消すと言う行為は攻撃したとみなされるはずだ。ナギと違って神の眷属じゃない私では、精霊に報復される恐れがある。
私の心配に対して、ナギは宣言したのだった。
「安心しろ。この山にサラマンダーはいない」
その言葉を聞いた瞬間、私は濡れた地面から水を掬いあげ、雨を降らすかの様に燃える樹々へと落としたのだった。
鎮火後、焼け跡へと到着したナギは、地面にしゃがんで何かをしていた。濡れた落ち葉を退けて、何かを見ている。
「何か見つけたの?」
と言って、中腰になってナギの手元を見ると、そこには先程見つけた白いネズミがいた。ピクリともせず力なく倒れている事から、死んでいるようだ。
「もしかして、ネズミが原因とか言わないわよね?」
「そのまさかだ。こいつはただの野ネズミじゃない。火鼠だよ」
ナギはサラマンダー対策用に持ってきていた手袋を嵌めると、濡れたネズミの死骸を持ち上げた。私は一歩離れる。
「火鼠って、竹取物語とかに出てくる"火ネズミの衣"の?」
私の問いに、ナギは頷く。どうやら合っていたらしい。
だが、そうすると更に疑問が湧いてくる。
「火鼠って、火に燃えないだけで火を出す訳じゃないわよね?」
「あぁ、そうだーー火元は別さ」
そう言ってナギは立ち上がると、周囲を見回した。そして「あ、いたいた」と少し離れた場所に忍び足で歩み寄る。
火鼠の死骸を置くと、今度は素早くそいつを捕まえた。まだ生きており、両手で包み込むように持つ。
「……そいつは火鼠じゃないの?」
ナギの手には、別のネズミがいた。大きさは殆ど同じだが、こちらの毛は白ではなく茶色である。
ナギは私の問いに、首を横に振った。
「こいつは雷獣だよ」
「雷獣!?」
私は目を見開き、もう一度ナギの手の中にいるネズミを見た。どうみても、ただのハツカネズミにしか見えない。
雷獣と言われて思い浮かべるのは、虎の様な姿で、白い電気を纏っている様な動物である。ネズミを雷獣と言われても、ピンとこない。
私の考えている事が分かったのか、ナギは言葉を続けた。
「雷獣と言うのは、総称なんだ。電気鰻や電気鯰、あとシビレエイとかを電気魚と言うのと同様に、電気を纏ったり使ったりする獣を総じて雷獣って言う」
さらに放電する威力も、ピンキリだと言う。
ナギは雷獣ーー電気ネズミを見つめた。そして次に、私に困り顔を向ける。
「取り敢えずこいつ、どうすればいい?」
何か籠みたいなの持ってる?と聞かれたが、そんな都合の良い物を持っている筈がなかった。




