過去編-贖罪になるなんて思わないけど
突然の地響きに、私とサルトゥスは何が起こったか悟った。
「土砂崩れ!?」
急いで外に出ると、目視で確認できる程の近さで土砂がこちらに向かっている。
私はサルトゥスの元に戻ると「雨具はあるか!?」と問い掛けた。
部屋着のまま雨の中に出れば、十中八九、サルトゥスの体が保たない筈。
ポンチョ型の合羽を発見すると、多少ぞんざいに扱いながらもサルトゥスに被せた。
サルトゥスをおんぶして、玄関に立つと土砂は勢いを上げて、ログハウスに迫っていた。向かい風に豪雨、そして滑った地面。状況は最悪だ。
ーーまだ私は死にたくない
私に風見程の魔力があれば、風で土砂を押し上げたり、樹々で行手を阻んだりと時間が稼げたのに。
しかし私にそんな力はない。
行くぞ!とサルトゥスに声をかけた瞬間、不意に体が宙に浮いた。
その感覚は、此処に来るまでに体験したものと同様で。
「……サルトゥス?」
背中にいたサルトゥスは、玄関で尻餅をついた様な体勢で座っていた。辛そうに、肩で息をしている。
「これが、君への贖罪になるなんて思わないけど」
サルトゥスは微笑んだ。そして
「ーー…」
豪雨のせいで聞き取れはしなかったが、サルトゥスが何と言ったのか私はハッキリと読み取った。
ーー生きてくれ
そう言うと、サルトゥスが生やした植物の蔓が私を入り口ーー風見が壊した結界の元へと投げ飛ばしたのだった。
私の話に、ルカは腰に腕を回したまま言った。おそらく訝しげな表情を浮かべているだろう。
「父さんに、あのレベルの植物を生やす力はもう無かった筈だ」
「私が飲ませた薬があるだろう。あれは魔力を含んでいる物なんだ」
サルトゥスは慢性的な魔力不足によって、代わりに寿命を削り魔法を行使していた。故にサルトゥスが苦しみ出した際、私は薬に含まれている魔力に反応するだろうと、応急処置として飲ませ魔力を供給したのだ。
「つまり、足りていなかった魔力を補えば父さんは助かったのか!?」
「それは違う。病を患った原因が魔力不足と言うだけで、サルトゥスの身体はもう限界だった」
故に、私がやった事はその場凌ぎの応急処置でしかない。
それでも、とルカは食い下がった。
「お前がその薬を服用すれば、もっと何か出来たんじゃないのか?」
「あの薬は単なる魔力供給用の物ではない。私が服用しても、魔力量が増えると言う事は起きない」
あの薬は魔力を含んでいると言うだけで、用途は別の物だ。与えたのも少量である。
あれはアルカナが作り出した試作品、人工魔法使いを作り出す薬である。
魔力が僅かだが回復したサルトゥスは、最後の力を振り絞って私をルカの魔法がかかったあの入り口まで飛ばした。そして飛ばされた先でルカの魔法が発動し、更に遠くへーー安全地帯へと飛ばされたのだ。
「…仮に私がリヒトシュタールでも持っていたとしても、私に出来る事などなかったよ」
聞こえるか聞こえないか、分からないくらいの声で呟いた。
私はルカの頭を離し、花束を持っていない方の手で軽くルカの頬を撫でる。
そっと微笑んで、
「ルカ君、暫くアルカナで働いてみないか?」
ルカの目が僅かに見開かれ、そして暫く間を置いて頷いた。
過去編第一話、完結です。
次は19時に小噺(過去編ver)の公開します。




