過去編-貴方たちはどうして
「ルカ君を一人にする気か?」
「……」
サルトゥスは答えない。先程よりもさらに強まった雨足に負けないよう、私は語彙を強めに言った。
「貴方は先程、ルカには手を出すなと言ったな。なのに、こんな事をするのか」
ルカの自頭は悪くない。ただ、サルトゥスとずっと二人でこんな僻地で暮らしていたのだ。
サルトゥスが亡くなった後、彼はどうするのだろう。毒草だらけのこの土地では暮らせない。
だが、外の世界に頼れる存在は誰一人としていない。
生きてはいけるだろう。四則計算はできる様だし、意思疎通も出来る。
だが突然外に放り出される恐怖を、サルトゥスは知っているのだろうか?
「こんな所に閉じ込めておいてーー自己満足だよ、それは」
私は吐き捨てる様に言った。
自分が生きている間は、守ってあげる。だけど、その後は知らない。
この夫婦の辞書にはきっと『可愛い子には旅をさせよ』と言う、ことわざが載っていないのだ。
「貴方たちはどうしてーーー」
更に言及しようとする。しかしそれは、サルトゥスの言葉で遮られた。
「すまなかった。私達の選択は誤りだった」
「……」
それは何についての懺悔?何の選択を間違えたの?
私は拳に力を込めた。近くに雷が落ちた様で、外の音がすごい。
さあ、サルトゥスは私の期待に応えるのか?それとも奴等と一緒なのかーー。
サルトゥスは私を見た。
「君を生贄にしてしまった事。あの因習に抗ったつもりで、受け入れてしまっていた事を謝らせてくれ」
そう言い切るのと同時に、外から恐ろしい音が近づいて来た。
医者を担いでルカが家に戻った時には、嵐は既に去っており、家は存在していなかった。
と言うより、土砂で流され潰れていた。
「ナギは!?ナギはどこ!!」
唖然とする俺を押し退け、カザミは土砂と瓦礫が混ざり合った家に近く。
アルカナの支部に到着するとニュースで土砂災害が発生したと流れた。そして映された映像は、ナギと父さんがいるあの山林だった。
「嘘だろ……」
信じたくなかった。だけど、目の前にあるのが現実で。
「二人とも、死んだのか…?」
「残念ながら、私は生きてる」
半ば放心状態で呟くと、ギリギリ土砂に飲み込まれなかった脇道から返答が来た。目を向けると、草木を掻き分けてナギが姿を現す。
全身はずぶ濡れの、泥だらけだった。
「すまない、助けられなくて」
「……」
どう言えばいいのか分からず、俺は顔を背けた。
なんでお前だけ生きてる?何故、父さんが死ななければならなかった?
お前じゃなくてーー
呪いに近いような言葉が頭の中をぐるぐると巡る。
分かってはいるのだ。ナギのせいではないと。
むしろ、どうやって助かったのかーー父さんも一緒に助けられなかったのかが知りたい。
ナギは俺の思いが分かったのか
「まずはお互い、身を休めようーーここで何があったか、全て話す」
そう言うと、風見に声をかけた。




