小噺⑤-3
騒動が収まり、当事者も野次馬も立ち去った頃。
俺は商人に「今度は気を付けろよ」と言いながら空き瓶を渡した。
「ありがとうございます!助かりました」
満面の笑みを浮かべる商人。側にあった「extra virgin olive oil」と書いてあるサーバーから、俺が渡した瓶へ流し込む。
あれ?いつも使ってたサーバーと違う気がする。
「前に使っていた物だと残量が見難かったでしょう。透明に変えたんですよ」
「確かに、中身が見易いですね」
満杯まで入れて貰うと「お礼に割引しますね」とにこやかに言われた。ラッキー、とはにかみ受け取ろうとする俺に
「お礼に割引?妥当だと思うけど?」
今まで無言だったナギが、この場で初めて口を開いた。
え、どういう事だ?と首を傾げると、商人は「ヒエッ」とビクつく。
ーーそこで初めて、俺は何かに騙されているのだと気付いた。ナギは底意地の悪そうな笑みを商人に向ける。
「オリーブオイルは光で味が落ちる。だから遮光性のある瓶に入れるんだが、それで品質が守られているとは思えないな」
羊頭狗肉ってことわざを知っているか?そう付け加えると、商人は「すみませんでした」と土下座したのだった。
「入れる前に、教えてくれても良かったじゃないか?」
2本のオリーブオイルーー1本はちゃんとしたエキストラオリーブオイルが入ったーー瓶やその他諸々の戦利品を抱えて、帰路についていた。
ナギは「だってルカが…」と少し拗ねたように表情を曇らせる。
「折角なら生でかけるような料理がいいって」
「……そんなにアヒージョが食べたかったのか」
「美味しそうなマッシュルームとかアボカドを見つけてしまって……」
それに部屋にバケット、冷蔵庫には海老や帆立があるのは確認済みだ!と得意げに言う。
「普通のオリーブオイルなら、アヒージョにしてくれるかなって」
はー、と溜息を吐く。と、不意にナギが別の小袋を持っている事に気付いた。
紙袋には、秤売りのマークが印刷されている。
「何だ、それ?」
「これ?ローズマリーの精油だよ」
「いつの間に買ったんだ?」
買った?まさか!とナギは鼻で笑った。
「今後、あの商人は信用しない方がいい。と言うか、アレはいつか痛い目見るぞ」
折角、先代である父親が築いた顧客からの信頼を、早々に裏切ろうとは、とナギは鼻で笑う。
「どう言う事だ?」
「薔薇の精油に、パラマローザの精油が混ぜられていた」
「……」
俺は押し黙った。
確か、ローズオイルは1滴作るのに50本の薔薇の花が必要だと聞いた事がある。対して、パラマローザは草だ。値段は天と地程、違った筈。
「オリーブオイルの件で、他にもやってるんじゃないかと思ってな。少しカマをかけてみたら、案の定だ」
既に瓶には封がされている為、あの三人にその場でバレる事はない。どうせバレたとしても、商団がこの国を去った後の筈。そう企んでいたそうだ。
それをナギに看破され、
「どうか受け取ってください!」
と、別に脅すつもりなどないのに渡されたらしい。ーーローズオイルを渡されたが「混ぜ物入りなんて要らない」と言って、交換させた。
ナギは上目遣いで俺を見上げる。
「また行こうな」
はにかんだその笑みに、俺は何も言えなくなってしまった。
明日から過去編突入です。
まだまだお付き合い頂けたら嬉しいです!
過去編は一日2回更新をしていく予定です。
→8/18 12時、19時 公開予定




