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小噺⑤-1

 半年に一度やってくる商団が、10日間程、国立広場で市を行う。

珍しい物が手に入ったり、安く買えたりするので、この時期にはナギと共に行く事が通例となっていた。


「その瓶は何?」


出かける際、俺は栓をした茶色の空瓶を手に取った。これはオリーブオイルを入れる為の物である。

この時期にくる商団の中には、上質な油を秤売りする所があるのだ。


「なら、今日はアヒージョがいいな」


とナギは言った。俺はうーん、と唸る。


「出来れば加熱せずに、生で使いたいんだけど」


折角エキストラバージンオイルを買うのだから。




 広場は当然ながら、いつも以上に賑やかだった。いや、賑やかと言うよりーー


「何か騒ぎがあったみたいだな」


ナギは面白そうに、艶笑を浮かべる。流石、戦いの女神の眷属。そう呟くと


「軍神と一緒にするなって怒られるぞ」


と嗜められた。俺は「ごめんなさい」とすぐに呟く。ナギに謝ると言うより、もし何処かでアテナが聞いていたらと恐怖したからだ。

そんな俺を無視して、ナギは「あっちが騒ぎの中心みたい」と勝手に向かってしまう。


「関わらないって選択肢はないのか?」


「野次馬するだけだよ」


それと冷やかし、と屈託無く笑うナギに「相変わらず根性悪いな」と溜息をついた。




 騒ぎを起こしていたのは、俺がオリーブオイルを買おうとしていた店だった。

近付くにつれ花の香りが強まったから、てっきり花屋の前で痴話喧嘩または女の取り合いでもしているのかと思ったのに。


どうやら商人と三人の客が言い争っているらしい。

側の机には封をされた茶色の瓶が21個あった。驚く事に、淵には宝石が施されている。瓶が茶色で見にくいが、中身が入っている物と空の物がある様だ。


「話が違う!」「どうするつもりだ」「責任取れ!」


三人の客は商人に詰め寄る。申し訳ございません、と繰り返す商人。

俺は「あれ、息子だ」と人混みの中で呟いた。


「息子?」


「いつもは年配のオヤジなんだよ。息子もいたが、そうか、譲ったのか」


一年前にあった時には、すでに引退を考えている様な口振りだった。いつ譲ったのかは分からないが、少なくとも一人でこの広場で商いをやるのは初めてだろう。


そう答えた時、客の一人が拳を振り上げた。周囲の野次馬がハッと息を飲むのが分かる。

流石に暴力沙汰、流血沙汰が起きるのはまずい。


「…冷静になりましょう」


俺は人混みから飛び出して、振り上げられた腕を掴む。

野次馬は、颯爽と現れたーーようにみえるーー正義感の強い青年に「おぉ!」と目を見張ったのだった。

……俺を突き飛ばした一名を除いて。

小噺⑤-3まで続きます。

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