*ご武運を
私は目の前の惨状から目を背ける様に、踵を返した。オリーブを横目で見ると、相変わらず笑みを浮かべている。
「…何か読み取ったか?」
正直に教えてくれると思わないが、一応聞いてみた。こいつが付いてきた理由はおそらく、様々な場所を読み取る為だろう。
案の定、オリーブは「さぁね」とはぐらかした。
「強いていうのなら、果物が見えたわ」
「…そうか」
入国審査を行う街ーー風樹の街は、かつてはその名の通り果樹が賑わう山の街だった。
しかしーー他国と技術の差が出る事を恐れた祖先達のーー政府主導の技術革命が起こり、国の窓口である風樹の街は、大量の伐採や都市開発等どんどん開発されていった。
だが、自然の力には逆らえない。
元から、風は高所から低所へ吹く。
よって、風にどんどん土地は削られ、山から谷へかわっていった。伐採による地面の露出でさらに加速度的に地形は変わり、現在の様な岩肌ばかりの土地に成り果てたのである。
オリーブはおそらく、かつての残留思念を読み取ったのだろう。
「…当時は美しい風景だったろうな」
今の時期なら、まだ夏の果実が実っていたはず。
そう呟くと、オリーブは懐かしそうな表情を浮かべた。
車内から出て、安全地帯を探すか。それとも救助が来るまで待つか。
救援信号を出せていたなら、間違いなく後者を選ぶ。しかし、この緊急事態を伝えられていない状態で救助を待つのは、かなり時間を費やする事になる。
「イエティが近くにいるか、分からないか?」
「残念ながら、分からないわ」
サイコメトリは、索敵能力ではない。
乗客の誰か一人でも索敵が出来たなら、全員での移動に踏み切るのだが、残念ながらそれは叶わなかった。
私は苦渋の思いで、決断する。
「私が救助を呼んでくる」
一応、他に付いてくる者はいるか尋ねる。しかし誰も名乗り上げなかった。
ちなみにオリーブは来るかと思ったが、意外なにも首を横に振った。
「私、そこまで体力ないもの」
レースの手袋を外すと、白魚の様な手を見せる。脚は細く、羚羊の脚のようだ。
「ご武運を」
ニヤニヤと、擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべるオリーブ。
私はムッとしながら、車内から降りた。
今回の話の解説回は、7/21更新です。




