交錯編-五十歩百歩よ
蛇が巻き付いた杖ーーーこれだけの情報では誰なのか断定は出来ない。
巻き付く蛇の数によって存在が異なるのだ。
一匹ならば、アスクレピオスの杖。
二匹ならーーー
「伝令神ヘルメス…」
情報、商業、旅人の守護神の持ち物、ケーリュケイオンである。
私は不敬と知りつつも、キッと鋭い視線を向けた。
「貴方様は何をしたいんですか」
私の問いにヘルメスはクスクスと笑う。そしてスッと急に真顔に戻り、
「もっと高位の存在になりたいんだよ」
と静かに宣った。
その言葉に私は絶句しーーー
「五十歩百歩よ」
「……」「!!」
声と共に、知恵の女神アテナが私の隣に姿を現したのだった。
アテナ様は珍しく真面目なーーー幾分怒りを含んだ表情をヘルメスに向けた。その様子に伝令神は「嫌だなぁ、そんな不機嫌になるなよ」と冗談でも言う様に笑う。
しかしアテナ様が表情をゆるめる事はなかった。
「随分と、おいたが過ぎるんじゃないかしら」
「眷属に手を出されて怒っているのか?少しお喋りしていただけじゃないか」
ヘルメスの言葉に、アテナ様は更に目を細める。
「軽口を叩く余裕があるなんて、見くびられたものね」
「…これでも一応、君と同じオリュンポス十二神さ」
えぇそうね、一応、ね。と意味深な呟きに私はゾワッと身震いしーーー推測する。
ヘルメスが言った通り、知恵の女神と伝令神は同じオリュンポス十二神であり、位は同じ筈である。
ヘルメスがヒナタのような真理と同等の存在だとも思えない。それならば何故、この二柱に上下関係があるように見えるのか?
私の疑問を察したのか、アテナ様は「ナギ」と呼び掛けた。
「私たちは神の名を冠しているだけで、別に本当に神話のような存在ではないわよ」
「えぇ、以前もそう言ってましたね」
「けど、無関係な訳でもない」
「え…?」
「各神話の関係と、ヘルメスの目的、そして私の言葉。それらをよく考えなさい」
ちょっと待って下さい!と呼び止める私の言葉を無視して、アテナ様はヘルメスに視線を戻す前に私を一瞥し
「貴女は戻りなさいーーーちょうど、王子様も来たしね」
その言葉に私は再び意識を失った。