交錯編-私だけだ
村長の言葉に、その場にいた全員が絶句する。そして口火を切ったのは、敵だった。
「ハッ!!つまり伝統を代々護ってきた自分たち自身が賢者の石だと言いたいのか?ーーー命乞いの延長にしか聞こえないぞ」
くだらない事をほざくな、と言う様に敵はトリガーに指を掛けた。しかし村長は焦る様子など見せずに言葉を紡ぐ。
「お前達は錬金術にどれだけの知識がある?賢者の石と言う言葉しか知らないんじゃないか?」
「なんだと?」
「哲学者の石、第五実体、そしてルベドティンクトゥラーーー赤き物質」
それがどうした?と訝しげむ敵に、村長は言葉を続けた。
「賢者の石に至るまでには、ニグレド、アルベド、ルベドと言う三状態を経る必要がある」
そして言葉を一度切ると、ニタリと不気味な笑みを浮かべ宣ったのだ。
「黒化が最終的に赤化になったら完成だーーー思い当たる存在がいるんじゃないか?」
賢者の石とは、物質じゃない。
先程の言葉の意味を、否応なしに理解した俺たちは絶句した。
ーーーナギッ!!
ナギの髪色は本来、黒だ。それをアテナ様によって赤に変えられた。
そしてゲフリーレンが言っていたではないか。
『知識に重きを置く上位存在によって、ナギの能力は変化したと私は考えている』
『全ては、アテナ様の戯れと言う事か…?』
『私はそう見ている』
賢者の石になる条件、それはアテナの眷属になる事…?
全てはあの女神に仕組まれていたと言う事かーーー
敵もあまりの衝撃的な情報に一瞬怯んだが、すぐに立て直した。ククッと馬鹿にする様に笑う。
「それならお前は用無しだな。わざわざ自分の価値を下げるとは…」
嘲笑する敵に、村長はギロリと睨んだ。
「先程の言葉を理解していないのか?賢者の石の製造方法は伝統。まだ完成はしていない」
あれはまだ未完成。
「完成方法を知っているのは、私だけだ」
「なら、当初の予定通り人質になってもらおう」
と言って、敵は村長を縛り上げた。次いで俺達も拘束される。
「ルカや風見が手に入ったのは僥倖だ。こいつだけでは、ナギが交渉に応じるか分からなかったからな」
「……」
無言で俺は睨む。が、それ以上に風見からの殺気がすごかった…。数日前に捕まったばかりで、再び同じ組織に捕まるなんて屈辱なのだろう。
もっと言うと、またナギに借りを作るのが嫌なのだ。
立て、と命令され渋々俺たちは連れていかれる。
ーーーくそっ、俺一人なら逃げられるのに!!
魔力を封じる拘束具を付けられているが、こんな物はすぐに外せる。隙を見て、フェアリーリングを発動させればこちらのもので、そのまま疾風の国の警邏に引き渡してやる。