交錯編-せいぜい足掻け
時系列
現在(ホテルにてルカの報告書を読んでいる)→回想(鵠沼との会話)→現在(本文スタート)
時間は再び戻る。
ルカの報告書の次に別の資料に視線を移した。そこには、あの施設にあった、私がアレンに飲ませた物の詳細が書いてあった。
「これは少量を摂取すると、下痢を引き起こす」
その名は、硫化水銀。
硫化水銀は辰砂とも言われ、赤の顔料や塗料として使われる赤い結晶だ。ちなみに黒いと黒辰砂と言われる。
「そして…金の精製時に使われる水銀の殆どが硫化水銀の状態だ」
粉砕した岩石に硫化水銀を混ぜ、加熱しただけで金が現れる。
それはまるで卑金属から金が出来る様で。
「賢者の石…多くの物語に登場する、赤き物質」
諸説ある中で、賢者の石のモデルは硫化水銀と言われている。
私が口にした言葉に、それでも鵠沼は無表情だった。
賢者の石とは、錬金術における至高の物質とされている。卑金属を金に変え、癒すことのできない病や傷をも治し、生きる者に不老不死を与える神の物質。
「錬金術師の至上命題は、この石の製造とそれによる金の錬成だ」
史実上ではフラメルやパラケルスス、サンジェルマン伯爵が錬成に成功したという。
私はジロリと鵠沼を睨んだ。
「錬金術をこの世界に持ち込んだのは、発展の世界ではないのか…?」
「似たり寄ったりの所だな。発展の住人がこの世界に来た時、この世界でも技術はあったのだ」
「深奥に手を貸したのか、それとも利用しようとしたのか…当時の記録はどうなってる?」
タロット時代のデータが綺麗に残ってるとは思わないが、私は鵠沼に問うた。鵠沼は残念ながら、と首を横に振る。
「深奥に関する事は総帥ではなく、当時から現在まで、とある役職に一任されている」
「とある役職?」
眉を顰める私に、鵠沼は頷くと言った。
「歴代の隠者ーーーいや、今は吊るされ人か」
吊されし人ーーー幹部のうちの一人。私は悪態を吐く。
「一度も会った事がないんだが…まさか深奥の奴か?」
「さあな」
鵠沼のとぼけた回答に、私は「おいっ」と噛み付いた。
「一応、アルカナのトップだろう!!」
「トップだからこそ、答えてはいけない事が多々ある」
そうだろう?と言いたげな眼差しを向けてくる鵠沼に、私はうっと詰まった。
そう、それを知っているから私は辞退したのだ。ーーー総帥戦に。
鵠沼は目をスッと細めると、私に言った。
「“私にとって総帥とは、情報が最も早く多く集まる場所であり、望みを叶えるのに最も遠い場所だ”」
「……」
「人工能力者の撤廃、それを最優先にしたのはお前だ。せいぜい足掻け」
そう鵠沼に言われた私は、言い返せなくて仕方なく部屋を出て行ったのだった。
次回更新、木曜日