交錯編-よくやってたな
帰社後、俺は首を傾げて悩んでいた。
風見が捕まった工場と、以前ナギに渡したレポートの内容が酷似しており、おそらくあのレポートはあの工場を建設する為に行われた実験ではないのか?と思ったのである。そこからナギが何をやりたいのか導き出そうとしたが、煮詰まってしまった。
「確認だが、あの建物はタロットの研究施設って事でいいんだよな?」
「正しくは、金の精製工場な」
俺の問いに、そばにいた日向が答える。金なぁ、とぼやきながら俺は手元の資料に視線を落とした。
「水銀による金の精製なんて、よくやってたな」
「当時は水銀による健康被害とか分かってなかったからな。格安で出来るって事で、主流だったらしい」
水銀による金の精製方法は、まず粉砕した岩石が入った容器に水銀を混ぜる。それを混合すると、金の欠片が含まれていれば、金が水銀に付着して銀色の塊になる。その塊を加熱すると水銀が蒸発して、金だけが残るのだ。
日向は首を竦めつつ言った。
「まぁ、水銀による精製をしていたのは原住民ーーー深奥の人間であって、タロットが別の精製方法を教えた。その時に建てたのが、あの工場だったんだろう」
そう、あの工場内にはタロットのロゴが描いてあった。しかしタロットが金の精製や水銀の採掘を始めたのではなく、発展の世界が来る前から行われていたのだ。
俺は作成中の報告書を読み返した。
「…深奥に転移してきた発展の世界の連中はまず、この世界の資本を稼ぐ必要があった」
最初は物々交換でも可能だったろう。しかし異世界から持ち込んだ物には限りがあるし、いつかは必ず通貨を手にしなくてはならない。
「そこで、近くで行っていた金の精製に目を付けた」
技術提供料として初めは知識を与え、施設を作りーーーついでに労働力として雇用もさせる。
「ナギが欲しがった研究データは、電気製錬のデータだ。いつのタイミングで水銀精製から電気製錬に切り替えたかは分からないが、工場レベルで精錬する為の実験データだろう」
電解精錬ではまず、鉱石から取り出された粗銅を硫酸酸性硫酸銅の水溶液中で電気分解する。この作業でイオン化しにくい金、銀、セレンなどが、イオン化しやすい銅と分離。さらにセレン、銀を分離する作業を行って、高純度の金を回収するのだ。
「電気精錬では電気代や試薬などのコストがかかるが、水銀気体による健康被害はない。」
火炎の国のとあるホテルの一室にて、私はルカが作成した報告書に目を通していた。事の流れはルカ達も分かったらしい。
「ただし、廃液は出るがな」
村長に出された課題。それは不適切に放置された廃液や廃棄物による被害の事だった。
当時、タロットは利益を出す事を優先にした。その為、廃棄物の処理を不正に抑える為に別の所に放棄。それが経年劣化し、流出したのである。
私はコーヒーを一口飲んだ。苦味が口に広がる。
次回更新;金曜日