交錯編-あんな強風、見たことないぞ
放射性トレーサ法とは、添加した放射性同位元素の放射能を測定することによって、目的とする物質の移動や分布を追跡する方法である。
これを応用して作られた追跡器ーーークリーム状に近い物を私は捕まる直前に、手の甲や頬などの外気に触れている箇所に塗り付けた。
「しかもこれを落とすのに、専用液が必要なのよね。それは本部に返しておいて良かったわ」
もし拷問されて冷水や熱湯を被せられたとしても、洗い落とされる心配はない。
因みにこれは、ナギに取り付ける為に用意した物だった。一昨日、折角ナギの髪にべったりと付けたのにルカの愚か者が取り除いてしまったのである。
まさかこんな所で役に立つとは。
「けど、助けを待つばかりの私でもないのよね」
殴りかかってきた男の脚を払い、バランスを崩した瞬間に私は反撃に出る。脚で男の首を締めながら、私はニヤリと笑ったのだった。
風見が捕まってから三時間。風見の機転のお陰か、疾風と大地の国境付近で追跡器の反応があった。
「此処って…」
地図上で確認した時、まさかと思ったが。
「俺が住んでた山だ」
そう、かつて俺と父さんが住んでいた山林だった。正しくは住んでいた場所と反対側なのだが。
草木が生えていない、明るい黄土色の粘土質な岩肌。少し赤みを帯びている。
「この奥だな…おい、感傷に浸るのは後にしろ」
「別に浸ってない」
ギロリと日向を睨む。ただーーー
「こんな風になっていたのか…?」
住んでいた当時、父さんには「行くな」と言われていた為、奥地まで行った事がなかった。
「あんな強風、見たことないぞ」
それは風の壁だった。おそらく大きな渦を巻いている筈だ。
その様子に、俺は呟く。
「風の、檻…」
「情報は嘘ではなかったみたいだな」
日向も同じ事を思ったらしい。これを風の檻と呼ばずして何と言うのか。
「ナギ…」
きっとお前は思いもしないだろう。風見が今、どんな目に遭っているのか。そしてそのお陰で俺達がそばまで来ている事に。
「ナギを探しに行きたいだろうが、今は風見救出を優先してくれよ」
「当たり前だ」
日向の言葉に俺は即答する。人命優先は当然だ。
それにナギに後々知られた場合、ナギを優先してくれたと喜ぶより、風見の身を案じる筈だ。
日向は「じゃあ、行くぞ」と言うと、紫色の光沢を持つ鉱物を握り締め、道を開いたのだった。