小噺
執務室の中で、書類仕事をしている時の事だ。春の暖かなある日。窓から風が入ってくると、くしゅん、とナギが小さくくしゃみをした。寒いか?と尋ねると、ナギは首を横に振って、重々しく、悔しそうに言ったのだった。
「遂に発現してしまったらしい…」
「発現じゃなくて発症だろ、花粉症の」
俺はなんとなく察して、呆れるように突っ込んだ。ナギは僅かに目を赤くして唇を尖らす。
「ルカにはこの辛さが分からないんだ」
「俺が見るに、お前のその症状は軽度の部類だと思うぞ」
「目がっ!目があぁぁ!!」
「某悪役の台詞を言って誤魔化そうとするな」
俺は溜息を吐きつつ席から立ち上がると、己の目をグリグリと瞼の上から掻いているナギの手を掴んだ。覗き込むと、思った通り充血している。
「悪化するから掻くな」
と言う俺に、ナギは膨れっ面を浮かべた。
「ルカにはこの痒さ、分からないだろう!」
「取り敢えず医者に行け。お前の場合、アルカナの専属医に優先的に診てもらえるだろ」
「今、受付時間じゃないし!」
ナギの言葉に、俺はチラリと壁にかけられた時計を見る。現在12時半。午前の診療時間は過ぎている。確か午後は14時から受け付けている筈だ。
「あと1時間半もこのままなんだぞ…」
と、筋違いにも程があるのに、ナギは俺を恨めしそうに見上げた。痒みに耐えているのか、涙目になっている。
その様子にうっと詰まる俺は、不意にある事を思い出した。あぁ、そう言えばーーーとニヤリと笑う。
その笑みにナギは危険を察してしたのか「ルカ…?」と僅かに怯える様な表情を浮かべた。
俺は微笑を浮かべると、ナギに顔を近付けて囁く。
「キスでアレルギー症状って緩和されるらしいぞ」
「!!」
ナギが目を見開くのと同時に、俺は唇を重ねた。そのまま押し付け、頭をヘッドレストに固定する。
暫くして俺は唇を離すと、ナギは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俺を見上げた。
「…その情報は知ってたけど、まさか実践するとは」
「ハグじゃ、効果が薄いらしいな」
俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「まだキツイようなら、続けるけど?」
「大丈夫っ!!」
ナギは真っ赤になって全力拒否。俺は残念と言わんばかりに首を竦めたのだった。
イグ・ノーベル賞(たしか2015年)で医学賞を受賞した研究の事です。
ご興味がある方は調べてみてください。
次回から本編に戻ります。