交錯編-誰が娘だっ!
ヒュエトスは何とも言えぬ表情を浮かべ、私を見た。
「酷い奴だ」
「…五月蝿い」
分かっている。ルカに対して、私はとてつも無く酷い事をした。
「まさかお前がそんな事をするとはな」
「ルカにだけだ」
ギロリと私は睨む。ヒュエトスはわざとらしく首をすくめ、首筋をトントンと示した。
「痕が付いてるぞ」
「!!」
ハッとして、私は首筋に手を当てる。そして今日はタートルネックの服だと気付き、キッとヒュエトスを睨んだ。
ヒュエトスは揶揄う様に私に意地の悪い笑みを向ける。
「娘の朝帰りを知った時の心境だな」
「誰が娘だっ!」
「来なかった未来では、お前は娘になる筈だったからな」
ヒュエトスの皮肉な様なーーー自嘲のような言葉に私は用意していた事を言えなくなってしまい、仕方なくテーブルの上に置かれた大金に視線を移した。
「賞金金額より多いが、差額はどうした?」
「…かき集めた」
私はヒュエトスを盗み見る。気付いたか?
いや、もし気付いているのなら「寧ろ足りない、残りを出せ」と言ってくるはず。それにヒュエトスが「お前…」と微妙な表情を向けてきたので、おそらく身を売ったとでも思っているようだ。
勘違いさせたの方がいいと分かっているが、癪なので私は少し宣言する。
「合法ではないけど、身を売った訳ではないよ」
だってあの大会は”何でもあり“なのだ。
「試合外に仕込みがあったって、何も問題ない」
そう、たとえば賭け事とか。
私はヒュエトスに聞こえない程度の小声で言った。
「自分だけ甘い汁を吸おうとするから、こうなるんだよ」
ヒュエトスが私に本大会に参加させようとした本当の理由は、大会の裏で行われている優勝者予想の賭けであった。まぁ、単的に言えば賞金プラス副収入を手に入れようとしたのである。
余談だが、風見に見つかったあの場所が実は賭場であった。
ーーー参加者が公式に発表されるのは、大会当日
「そう、公式には」
ーーーその程度の情報は、簡単に裏では流れてる。
「特に今回については”わざと“ヒュエトスが流した」
大穴を当てる為に。
裏で行われていたのは、第一回戦目の開始直前までに誰が優勝するかを賭ける。ちなみに大会が開始した後は変更出来ない。
ヒュエトスは作為的な参加者情報を流し、本命、対抗、穴などを操作したのだ。ルカ達を焚き付けた理由も、奴らの肩書きや実績を流して大穴に賭ける人数を減らそうと画策した為である。
「そして、私ではなく代理が参加した理由でもある」
残念な事に、私も有名な部類だ。私の情報をどんなに隠しても、公式に発表された瞬間にレートが下がるだろう。自惚れるつもりはないが、周囲がどんなに優秀だろうと、穴や大穴の扱いにはならない。故に、代理を立てたのだ。
「ヒュエトスは個人的に大穴を当て、賞金を私に取ってこさせようとした。だが、」
「俺が勝って、思惑が外れたって事か」
今まで静かに私の解説を聞いていたルカが、口を挟んだ。私は頷きつつ、肉汁が滴るサーロインを一切れ口に含む。
現在、私達は夜景を正面に隣合う形で食事をしていた。例に漏れず私は窓の外の事などそっちのけで、肉を喰む。うむ、やはり体を動かした後の肉は旨い。
赤ワインを一口飲んでから、私は話を再開した。
「幾ら賭けたかは知らないが、当たってたら賞金金額より多かっただろうな」
「ヒュエトスにバレたら、相当恨まれるんじゃないか?」
そうだろう?と意味ありげにルカは私を見た。
「なにせ、お前はそれを分かっていた上でわざと負けたのだから」
そう、現在私にはルカの賞金とーーー払戻金による利益があった。
今回の解説もとい真相を教える代わりに、発信器の解除と賞金その他諸々を頂戴したのである。
私は得意げに「ふふん」と笑う。対照にルカは拗ねる様な表情を浮かべた。
「お前に勝ったと思ったのに…」
「ルカに賭けたから、わざと負けた訳ではないよ」
「…能力使って言ってみろ。決勝戦ではステラに妨害させなかった事の説明も含めてな」
俺に勝たせる為に、妨害はしなかったんだろう?と、ジト目を向けてくるルカに、私は「うーん」と悩む。
「ヒュエトスだけが得するのも嫌だったし、お金が欲しかったのも本当だけど…そんな事を宣言するよりも」
と、一度言葉を切って、私はそっとルカの耳に口を近づけた。
「久しぶりにルカを見て…会いたいって思ったのも、本当なんだよ」
と言うと、ルカは嬉しそうな、だけど不服そうな顔をした。その理由は、
「“思った”だけで、風見に追跡器を取り付けられてなかったら姿を見せもしなかっただろ」
「……」
図星を突かれ、私は誤魔化す様にワインを一口飲んだのだった。
「三大欲求と言うが、私たちには抗えない欲求がもう一つある」→知識欲
この機会を逃したら絶対に教えないよ?と言う意味で「チャンスは一回」と宣言されてしまったので、ナギを捕まえたとしても解説を教えてもらえない事になります。
性欲は抑えられるけど、知識欲は抑えられなかったと言う事です。