交錯編-これは…
トーナメント一回戦目は、見るからに体育会系の男と華奢な女性の対決だった。俺は参加者の待機室のモニターで観戦する。
「女にこれは無理なんじゃないのかぁ?」
と男はニヤニヤと笑う。
「俺が間違えて回答権が移るのを待つつもりだろう?」
「それも戦略として有効だと思うけど?」
吹っかけてきたくだらない挑発に、明るい茶髪の女性は鼻で笑って遇らう。年齢は俺たちと同じくらいか。
言い返せなくなった相手は怒りで顔を赤くし「覚えてろよ」と低く呟いた。しかし女性はその程度の脅しなんて、全く怖くないと言わんばかりに無表情だ。
引かれたスタートラインに立ち、号砲が鳴る。
走り出した瞬間、目の端で隣から何かが来るのを捉えた。
「くそっ」
身を後ろに引いて、相手から繰り出された拳を女性は軽々避ける。
俺は冷静に分析した。
「こいつ、肉体強化系能力者か」
男の能力は何となく分かった。女性の方は持ち前の身体能力なのか、それとも何か発動させているのか判断できない。
チラッと司会を見るが、何の注意もしないので有効なのだろう。観客席からは歓声が上がる。
ーーーこう言う所が低俗なんだよ
男は舌打ちすると、女性を攻撃するのを諦めてダッシュした。当たらない攻撃に体力を使うより、出題ボタンに向かった方が得策だと思ったのだろう。流石に馬鹿ではない。
女性も追い掛ける様に走るが、身体強化されている相手にどんどん距離を離される。
そして男が出題ボタンの前に来た瞬間、
『問題!生卵をお酢に漬けておくと、どうなる?』
「ーーー半透明になる。詳細を言うなら、二酸化炭素の気体を発生させ、酢酸カルシウムになって溶ける」
けたたましい正解音が流れた。
回答者はーーー女性の方である。
「なんだと!?」
男は自分の立っている位置を確認する。それは先程まで相手が立っていた場所だった。
モニターが一回戦目の勝者をアップに映す。
『第一試合の勝者はステラ!』
司会に紹介される女性に、俺は目が釘付けだった。
「これは…」
この能力を、俺は知っている。
次々に行われていく一回戦目。
「出題傾向は、化学か」
進んでいくにつれ、大体の傾向が分かる。
『空気中で一番多く含まれている物質は?ーーー窒素』
『過酸化水素3%の水溶液を何と言う?ーーーオキシドール』
『エタノールとメタノール、有害なのはどっち?ーーーメタノール』
『体温計にも使われている、常温常圧で液体の金属は?ーーー水銀』
そして遂に、俺の順番がやって来た。ステージには先に対戦相手が立っている。
『第一回戦、最後の試合です!』
と、司会が叫び、号砲が放たれる。
対戦相手は俺の体付きを一目すると、何も言わずに走り出した。そして
ふわっ
と浮いた。宙に身体が浮き、ゆっくりと斜め上に向かって前進する。
「村崎と同系統の…。障害物をショートカットするつもりか」
司会は何も言わない。能力使用可、とは言っていたがここまでとは。ーーーある意味、ありがたい。
俺は溜息に近い息を吐くと、唱えた。
「フェアリーリング」
そしてーーー出題ボタンの目の前に移動する。
「なんだとっ!?」
相手はもう少しで着きそうだった所に俺が現れ、驚愕した。俺は「悪いな」とひらひらと手を振ると、ボタンを押す。
『問題!プラチナや金を溶かす酸性溶液を何と言う?』
「王水」
正解音が鳴る。俺は安堵して振り返ると、対戦相手が俺を憎々しげに見ていた。どうやら答えは分かっていたらしい。
「卑怯者…っ!」
「何でもありなのが、この大会の醍醐味だろう?」
そう言うと、俺はさっさとステージを降りた。
「!」
待機室に戻るとステラと目が合う。が、ステラはすぐに視線を外した。
俺はグッと拳を握ると言いたい言葉を呑み込み、折角待機室に戻ってきたにも関わらず外の空気が吸いたくなって、再び部屋の外へと出た。と、そこで偶然、日向と会う。
「通過おめでとう。だけどナギは参加してないんだし、テキトーでいいんじゃないか?」
「参加するからには、全力は出す。それにーーー」
俺は日向にある情報を伝えると、その内容に日向の顔は途端に険しくなった。
「ったく、そーゆー事かよ」
そう日向は吐き捨てるように言ったのだった。