交錯編-ほら、可能じゃない
私の言葉に女神は微笑を浮かべる。
「そう、そう切り返してくると思ったわ」
だから貴女を生かしたんだもの、と。
私は「未来が見えるの?」と尋ねると、女神は声を上げて笑った。
「まさか!それじゃ面白くないじゃないっ。私はただ、予想していただけよ」
ふふんっと得意げに女神は私を覗き込んだ。未だに動けないでいる私は、目だけ動かして女神を観察する。
上位の存在。真理の上に立つ者。容姿は人間に似ているがーーーいや、人間が似ているのか。
女神は可笑しそうに笑う。
「大抵の奴はこのまま村人を皆殺しにしようとするのに。貴女はそうじゃないのね」
「傷が塞がろうと、5歳児の私にそれが出来るとは思いませんが」
「あら、そう言いつつ幾つか方法は思い付いているじゃない」
流石は女神。私の思考などお見通しか。私は観念して、すぐに思い付いた方法を口にする。
「一番簡単なのは、飲み水として使っている貯水槽に毒を入れる事でしょうね…」
「ほら、可能じゃない」
「そしたら貴女様は私をすぐに殺すでしょう」
私は不敬だと思いつつ、女神を睨んだ。女神はわざとらしく「そんな事ないわよ」と言うので、私は溜息を吐いたのだった。
「全てに、と貴女様は言いました。村長に、ではなく。ではその“全て”とは深奥の村人全員なのか?ーー先程のネージュさんとのやり取りを見て、そんな生易しい方だとは思いません」
私の言葉に、女神は楽しそうに耳を傾ける。
「ネージュさん亡くなったのは…貴女様に“私を救う事”を願っておきながら“私を殺そうとした”為」
おそらく、この女神は意地悪と言うより、意志の強さを見たいのだ。
その場限りの気持ちではなく。
願ったのならーーー最後まで貫きなさい、と。
「私の場合は、約束を反故にしたとでも言って殺すつもりでしたか?」
「そこまで非道じゃないわよ。ただ、私の言葉を“しっかり“聞き、理解する知能があるか確認しただけ」
ふふっと女神は笑う。そしてふわっと宙に浮いた。泳いでいるかの様に漂い、クルッと一回転する。
「”全てに復讐するのなら、助けてあげる“と言う言葉に偽りはないわ。ただ、どこまでを”全て“とし、”どんな“復讐をするのかーーー私はただ鑑賞するだけ」
正しく言うのなら、と女神は笑みを歪めた。
「貴女の思う”全て“に、貴女が考える”復讐“をするまで、私は貴女を助けてあげる」
「…それが屁理屈や罠、誤魔化しが一切ない、本当の契約内容ですね」
私の問いにアテナは「そうよ」と宣言したのだった。
「あまりにも退屈だったら、いつでも観客席を立つからね」