交錯編-五月蝿いわね
「ネージェ…お前の母親が次期村長だった。双子を産んだネージェは、我が子に手をかけるぐらいならと、夫のサルトゥスにお前を託した」
「……そしてナギを連れてきたのか」
俺の言葉にフルメンは頷いた。
「ナギにとっても、ネージェ達にとっても運が良かったーーーと、当時はそう思っただろう」
「どう言う事だ?」
フルメンは感情を込めない様、淡々と話す。
「普通なら、ナギは養子。だから単なる追放で済む、と思うだろうーーーネージェの父、当時の長は『お前の息子の身代わりとしてきたのだ』と言わなければな」
「おい、まさか…」
俺は顔面蒼白になり、寒くないのに唇が震え出す。
フルメンは再び俺に目を向けた。その瞳には、憐れみの色が浮かんでいたが、それは俺に向けられてものではない。
フルメンは静かに、淡々と、そしてはっきりと言ったのだった。
「ナギはネージェに殺されかけたのだ」
痛い、熱い、暑いーーー冷たい。
血が流れて行く。私の体から、外に。冷たい地面に。仰向けに横たわる私の胸にはナイフが刺さっていた。
「ごめんなさい」
涙を流しながら、私を刺した当人が言う。
「ネ…ジェ…さ、ん」
自分を殺そうとしている人物に、私は何とも言えない表情を浮かべた。
知っていた。あの人にこうされる事を。
そしてあの人が、一所懸命に私を救おうとしていた事を。
規則の編み目を縫って、私が死なない様に裏で動いていた事を私は知っている。
だから、今、村の外ーーー風の檻の近くに人が待っているのを知っている。だが、間に合わなかった。村長にバレてしまっていた。
「このままでは辛いだろう。ひと想いに楽にしてやれ」
「そんな…」
村長の言葉にネージェさんは震える。へたり込でおり、立って私の元に来るのも無理そうだ。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
まるで少女の様に泣くネージェさん。育てていただいた3年間の中で、初めてみる姿だった。
ネージェさんの様子に村長は呆れた溜息を吐くと
「このままにしておけば、出血で死ぬ。もう行くぞ」
と言って、ぞんざいに私の体からナイフを抜いた。
栓を外された穴から、勢いよく血が流れでる。
「あ、あぁ、あぁ!!」
去る事も、助ける事も出来ない放心状態のネージェさんは叫び声を上げる。そんな時だった。
「五月蝿いわね」
そう言って現れたのは、知恵の女神だった。