交錯編-端的に言うと…
食事を終えると、少女の雰囲気は先程より幾分か和らいだ。
私は食後のコーヒーを飲みながら、かちゃりとカップを置いてゆっくりと口を開く。
「アテナ様との会話で知ったと思うが、私の名前はフルメンと言う。火炎の国軍所属、地位は大佐だ」
大佐と言う地位が、この少女に理解出来るか分からないが、一応伝えておこう。私は小さく息を吐くと、少女に問うた。
「君の名前は?」
そう、ただ普通に、人として、ごく普通の質問をしただけだ。
だから私は、まだこの時覚悟をしていなかった。
ゆっくりと開かれた少女の口からまさか
「凪」
と言う名が出てくるとは思わなかったから。
少女の名に、私は目を見開いて固まった。そしてその表情のまま問うてしまう。
「君は…その名前の意味を知っているのか?」
私の質問に、少女ーーー凪は無表情に答えたのだった。
「はいーーー私は天空の町から追放された者です」
凪とは、風が止んでいる状態を示す。
疾風の国では昔、国を追放された者は名を“凪”と強制的に改めさせられた。
刺青や焼印よりは人道的ではあったが、名乗るだけで追放者だと分かる為、身分証明の必要な職には殆ど就けず、日銭を稼ぐ生活を強いられていたらしい。現在はそんな因習はなくなったーーー筈だった。
ーーーまさか、こんな因習が残っていたとは。いや、それよりも
この先の話をするべきか。もっと深掘りしていいものか。"凪"と言う追放者の名が、転じてどう使われていったのか、この子は知っているのかーーー私は悩む。
口を閉じ、考え込む私に凪は言ったのだった。
「アテナ様は言いました。全てに復讐するのなら、願いを叶え続けてあげる、と」
そして凪は真剣なーーー初めて感情の篭った眼差しを私に向けた。
「私は願いの為に、まずはアルカナに復讐する」
それがどんな茨の道であろうと。
その時の瞳に宿る感情はーーー怒りでも憎しみでもなかった。
ただ純粋な決意だった。
アルカナに復讐ーーーその言葉に私は目を見開いた。
「…君は、人工能力者なのか」
私の問いに凪は頷いた。私は内心で唸る。
「つまり、自分を人工能力者にしたアルカナを潰す為にアテナ様は私に君を預けたのかい?」
「端的に言うと…」
凪の言葉に、私は悩む。アテナ様は何故、私にこの子を託したんだ?私がやろうとしているのは、アルカナを潰す事ではなく寧ろ救う事だ。つまり、凪の意志とは真逆。
私は溜息を吐き、こちらの事情を話そうとした。その時、
「私の潰す、とは物理的にと言う意味ではないです」
と、凪が先に口を開いた。私は「え?」と間の抜けた表情を浮かべる。
そんな私を尻目に、凪は淡々と言ったのだった。
「物理的に潰したって、何度でも似た組織が出来る。アルカナと言う組織の存在意義を失くしてこそ、本当に"潰した"事になる」
その言葉で、私は納得する。
ーーー流石、知恵の女神の眷属だと。
※ナギのセリフ以外の傍点は、宣誓ではありません。