交錯編-どなたのご紹介で
人混みのせいでアイと逸れてしまったが、なんとか一人で救命ボートの所まで来た私は、目を疑う。
「何故、菴羅が…?それに、そんな遠くまで来れる程時間は経っていない筈よ」
確かに菴羅はパンタシアに近い。しかしそれはロシェクよりは、と言う意味だ。
確かまだ二時間程しか経っていない筈。
「!ーーーアントーニオ様」
そして忌々しい統治者を見つける。そして向こうも気付いた様だ。ズカズカと私に向かって来る。
「状況はどうなっている?お前が指揮すると言った筈だろ」
「!?ーーーそれは一体?」
理解出来ていない私に統治者は苛立ち、片手を上げた。ギュッと目を閉じ、来たる痛みを覚悟する。しかし
「失礼ーーー自己紹介させて頂いても宜しいでしょうか」
と、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返るとどこか違和感のあるアイがいて、私を庇う様に前に出る。
統治者はグッと我慢して、上げた腕をゆっくりと降ろすと、アイは作り笑顔を浮かべ優雅にお辞儀をしながら言ったのだった。
「繁栄の世界、風の国から参りました。アイと申します」
以後お見知りおきを、とニッコリ、形の良い唇を歪める。
その自己紹介に、私や統治者は目の色を変えた。
「貴女が、風神の姫君でしたか」
風神の姫君はこちらの世界でも有名だ。しかし名前ばかりで、『赤い髪を持つ』と言う事以外で容姿の詳細はなかなか集まっていなかったのである。
これは私の予想だか、繁栄と強い結び付きの強い火炎の国が情報を規制しているのではないだろうか…。
「失礼ですが、どなたのご紹介でーーー」
「火炎の国、フルメン中将の代理として参加させて頂きました。パンタシアの成長性は繁栄の世界でも聞き及んでおります。是非ご縁を結べればと」
スラスラと出てくる御託。私はアイの様子を伺った。
本当にそうならば、先程のメインホールで必ず統治者に挨拶しに来た筈だ。私が席を外していた時に来たと言う事もあり得ない。何故なら統治者が知らなかったのだから。
統治者は機嫌よく「こちらこそ、繁栄の世界と交流を持てればと」とごまをする。私は無表情でその場にいると
「アントーニオ様、こちらへ」
と、従業員が救命ボートへ案内した。
乗客の半分もまだ乗っていないのに…。
「お前はまだだ」
そして最後に乗り込もうとした私に、統治者は制した。私は一瞬目を見開くが、すぐに無表情に戻る。
「招待客全員の安全が確保出来るまで、お前は残れ」
そう無慈悲に言うと、統治者は救命ボートの扉を閉めたのだった。
心配そうな眼差しを向けるアイに、私は弱々しく微笑みーーーそして違和感の正体に気付いたのだった。