交錯編-グラスが傾いてるぞ
つまりナギはこう言いたいのだ。
ーーーナギの姿を知っている連中が今回の敵対相手であり、
ーーールカが側にいれば、余計に私をナギと誤解する筈で、
ーーー私がアイを名乗ろうと、偽名を使っていると思う筈だから
ーーーわざわざ演技をする必要はない。
私に警戒している間に、ナギは目的を果たそうとしているのだ。
私はナギをジト目で見た。そしてルカが散々言っていた言葉を口にする。
「ナギ、お前の狙いは何なんだ?」
その問いに、ナギは屈託ない笑みで応えたのだった。
「アテナ様は全てに復讐するのなら、と言った」
俺とアイはメインホールへと入場した。立食式になっており、壁際には休憩用に幾つか椅子が置かれている。
まずは各自案内されたテーブルにつき、開会の言葉を待つーーー間に俺はある人物を探す。
パンタシアの現統治者アントーニオ。
ナギの計画は知らない。だが十中八九、アントーニオは関係している筈だ。
それが復讐される側なのか、単なる関係者なのかは現時点では分からないが。
「それでは、祝典を始めさせていただきます!まずは開式の言葉をーーー」
時間になり、司会の声が聴こえる。俺は自分の時計を見た。
「ナギ…」
お前はいつの間に…。
「ロシェクの人間だけではないんだな」
不意にアイが呟いた。振り返ると、見ている先にはニカブを着た女性がいる。
「目元だけで、本人だって分かるものなのか…」
「…そうだな」
とアイに同意しつつ、俺はふと思う。
ニカブは目だけを出すが、その逆バージョン。つまり目を隠した場合。
もしナギとアイが同じ服を着て、目を隠したら俺はどちらか分かるだろうか?
頭の中で、ネグリジェ姿のナギを浮かべる。目は赤いリボンで隠されており、頭の中の俺は結び目を解いた。ハラリとリボンが落ち、ゆっくりと瞳が開かれると、ナギは得意げな笑みを浮かべーーー
「グラスが傾いてるぞ」
アイの言葉に、俺は急いで妄想から戻ってくる。急いでグラスを持ち直し、壇上の方に意識を向けた。
「予定までまだ時間があるが、気を抜くなよ」
と心配そうに忠告するアイに、俺は猛省しながら頷いたのだった。