交錯編-思ったより、寒いわね…
私はようやくか、と安堵の息を吐く。
5年だ。氷雪の国との貿易を自粛と言う名の禁止をされて、先日ようやくそれが解除されたのである。
「姫様、お時間になりました」
侍女が時間を知らせる。私は意を決した面持ちで、椅子から立ち上がった。
「ここが勝負所よ」
私の価値を示す最後の機会。
閉じ込められている塔から、私はゆっくりと降りていく。歩を進める度に、先日の言葉を思い出した。
『代替わり、とでも言おうか』
私の手首を掴んで、ベッドに押し付ける統治者。私は意味が分からず、顔を顰めた。
統治者はニヤリと笑う。
『お前には愛着はそこそこあるが、それでもより若い方が嬉しいんだよ』
その言葉に、私はようやく理解する。
そう言えば先月、姪が成人した。手を出せる年齢になったので、そちらに乗り換えようと言う腹積りなのだろう。
統治者に愛情などないが、私は拳を握り締めた。
『お前は頭が回る』
統治者は嫌らしい笑みを浮かべて言った。
『今度、貿易回復の祝典を開く事になった。お前の価値を示せ』
当時の様子を思い出すと、吐き気と苛立ちが同時にやってきた。
久しぶりの外であるにも関わらず、私の気持ちは暗い。
「それでも、やらなければ」
祝典はパンタシア側が用意した巡航客船で行われる。
まず貿易回復を祝ったテープカットが行い、その後客船へ搭乗する。船上で祝典を行うのだ。
私は一応、テープカットのメンバーに含まれている。
本来なら愛妾など参加しないのだが、相手が氷雪の国ーーー貴族主義の連中と言う事で、王族の血を持つ私も参加する事になったのだ。
「参加者はおよそ500人…」
見栄を張る為に、大型客船を使用する。本来なら1,000人以上で使用するものだが、本当に金の無駄遣いだと私は溜息を吐く。
「思ったより、寒いわね…」
嵐が来そうな天気だと、私は何の気無しに思う。
「お前は俺のそばにいろ」
と、統治者は私を無理やり引っ張った。統治者の見ている先には、氷雪の要人達がいる。
統治者は作り笑を浮かべ、挨拶を述べた。
「本日は御足労いただき、誠にありがとうございます」
「あぁ、お互いの国益に繋がるいい関係を築けたらと思います」
「それより、そちらの美しい女性は?」
まるで台本でも読んでいるかの様な言葉に、私は内心で辟易する。しかしそれを顔に出す程、馬鹿でもない。
ニコッと笑みを浮かべ、ドレスの裾を少し持ち上げた。
「私の名はーーー」
と、その時だ。パアァンと、銃声が響いた。
一斉にパニックになる周囲。
銃声が聞こえた方を見ると、そこには覆面を被った数人のレジスタンスがいた。SPが急いで要人を守ろうとする。
「きゃっ」
自分の身を守ろうと、統治者が私を押し退けて逃げようとする。私は突き飛ばされ、地面に尻餅をついた。そして
「そんな…」
運悪く、レジスタンスが私に銃口を向けていた。私は目を見開き、頭の中が真っ白になる。
嘘よ、こんな所でーーーその時、一陣の風が吹いた。
私は強風に顔を庇う。そして風が止み、ゆっくりと顔を上げると
「大丈夫ですか?」
赤い髪の、私にそっくりな人物が手を差し伸べていたのだった。