過去編-これは交換条件だ
俺は一度目を閉じ、深呼吸した。心を落ち着かせる。
ゆっくりと目を開けると、真剣な目で鵠沼を見た。
「ミネルバの梟はどうするつもりだ?教育部のみならず、アルカナに残す予定だった者達も移籍する事になったんだろう」
少し目を細め、俺は睨んだ。放任主義だった癖に、と内心で毒づく。
「…これは交換条件だ」
交換条件だと?誰と?何と?
俺の疑問が伝わったのか、鵠沼は手元にあったタブレットを操作してPDF化された書面を見せてきた。
書かれた内容を理解し、俺は声を上げる。
「人工能力者の新規製造の廃止だと!」
それはミネルバ派の目標の一つだった。これで新たな犠牲者が増える事はない。しかし廃止するにあたり、ナギが呑んだ条件。それがーーー
「風見へ記憶についての宣誓を行わない事。日向がアルカナ派になる事。ミネルバ派をアルカナから完全独立する事…」
「寧ろ、これはナギから提案されたものだぞ」
鵠沼の追加説明に、俺はキッと睨んでしまった。もう一度、画面へと視線を落とす。
「…転んでもタダでは起きないって事か」
PDFの作成時間を見ると、日向が正式にアルカナ派になった前である。おそらくナギは、日向が風見の為にアルカナ派に行くと俺達に言った後、すぐに作成したのだろう。そして日向がアルカナ派へ正式に表明する前に提出したのだ。
「アルカナ派としては、ナギに宣誓されるのを危惧していた」
「……」
「ナギは当時に出来る最善の手を打ったと思うぞ」
分かっている。ナギだって風見を売った訳ではない。
「“宣誓して風見が戻ってくる可能性”と“人工能力の製造廃止”を天秤に掛けたって事だろう」
頭の良い風見の事だ。ナギが真実を宣誓すれば、アルカナ派に疑いを向けるだろう。
しかし理解する事と受け入れる事は違う。
「その苦悩は、霰さんが証明しているしな…」
頭では理解していても、心が違うと言っているーーーなにより常盤がいるのなら、いずれアルカナ派へ叛旗を翻すかもしれない。
そんな事になるくらいならーーー先にその可能性を斬り捨てる。
「アルカナ派としても、ナギの宣誓によって風見が揺さぶられるのは好ましくない。どっち付かずの人物を抱えるのは、リスクがあるからな。ナギの提案は間違いなく最善“だった”」
そう、ナギの懲戒解雇が決まるまでは。
俺は苦々しく呟いた。鵠沼は憐れむような、遠い眼をする。
「ミスと言うのなら、フルメン達からの要求だろうな。これ以上人工能力者が増えないのなら、出来たばかりのミネルバの梟でもやっていけた筈だーーーナギがいればの話だが」