過去編-これでナギの両翼は捥げる
常盤が「波よ」と呟く。その瞬間、視界が揺らぎ、俺は「しまった…!」と膝をついた。
ーーーナギに忠告されていたのにっ!
「俺の能力は“波長”だ」
常盤は得意げに解説する。
「今、お前の三半規管内のリンパ液を揺らした。」
ゆっくりと、俺に近づいて来る。
「三半規管のリンパ液の流れから体の回転を感じとる。その情報は脳へと伝わるが、耳からの情報と実際に目から入る情報とにズレが生じると、脳が情報を処理しきれなくなる」
俺がもう抵抗出来ないと判断したのか、風見も警戒を解く。ゲフリーレンは哀れみの眼差しを向けて来た。
「心臓や血管などの循環器、胃や腸などの消化器をコントロールしている自律神経の働きが乱れる。これが乗り物酔いのメカニズムだよ。そして現在、君が陥っている状況だ」
常盤が俺の頭に手を伸ばす。今度は直接揺らすつもりなのだろう。
「これでナギの両翼は捥げる」
その言葉に、俺はピクリッと反応する。
ーーー許さない
拳を握りしめ、俺は反撃しようとした。しかし
『ルカ、常盤が現れたらすぐに逃げて』
ナギの言葉が思い出される。
『本気で風見達とやり合った場合、私達は絶対に負ける。ルカまでいなくなったらーーー』
その後の言葉は聞こえなかった。けれど、ナギは俺が無事に戻って来る事を望んでいるのは確かだ。
だから俺は自分を抑えた。
「フェアリーリング」
「なにっ!?」
俺の真下に出現した光輪。俺は重力に従って光輪に呑み込まれる。
「霰さんに感謝だな」
去り際ーーー落下する間際、俺は腕輪を見せた。それが何なのか常盤は知っていたのか、驚愕する。
俺は艶笑を浮かべた。
「逆位相の波を発生させたんだよ」
そう言えば、常盤なら全て理解するだろう。
俺はその場を離脱したのだった。
咄嗟に繋げた場所は、城の中庭である。急いで立ち上がり、今度は風音の街へと転移する。
霰さんが俺に遺してくれた魔道具は、様々な波長の振動を発生させる物だった。
「本来の使い方は、探索なんだけどな」
チラッと俺は腕輪に目をやった。