過去編-暫くこっちにいるから
火炎、氷雪は候補から消えた。
「それで?なんで大地じゃなくて疾風なんだ?」
「疾風には、ある危険地帯があるんだよ」
危険地帯?と俺は首を傾げる。聞いた事ないが…。
ナギは少し悲しそうな表情を浮かべる。
「国境付近に、風の檻と呼ばれる森があるんだ」
そこは強風が吹き、奥に進むにも向かい風に襲われて進めない。風使いしか通れない森。
「そこは、アルカナ派が被験体を置いていく場所の一つなんだ」
風の魔法の発現を狙ってなのだろう。
黒曜石の様な瞳に、微かに陰がかかったのだった。
その後、佐倉と打ち合わせを行った。
「支部の客室を使われますか?」
打ち合わせ後、私とルカは予定地を見に行くと伝えると、佐倉が聞いて来た。
「転移装置やアッシ…ルカさんが居ても、今日は疾風に泊まられますよね?」
今、アッシーって言いかけただろ…吹き込んだのは風見だろうなぁ。
私はチラッと隣を見た。ルカの額に、先程より少し大きい怒りマークが浮かんでいる。
私は苦笑いを浮かべながら答えた。
「大丈夫。暫くこっちにいるから、ホテル取ってあるし」
それに支部にある客室は一つだ。ルカに往復してもらうのは悪い。
支部の近くだから、何かあったらすぐに行くよ。と言うと、佐倉と分かれたのだった。
そして業務を終えた私たちは、ビジネスホテルへ戻る前に近くのビストロで夕食を食べていた。先程メールで風見に教えてもらった店である。
「風見、大丈夫かな…」
「何か言ってたのか?」
浮かない顔の私に、ルカが問いかける。私は溜息混じりに応えた。
「これから潜入調査なんだって」
「何処かは言ってなかったのか?」
ルカの問いに頷く。同じ派閥内でも、任務内容を伏せなければならない時もある。今回もそうなのだろう。
「暫く返信出来そうにないってさ。私もまだ秘密にしたいから都合はいいんだけど…」
何か腑に落ちない。
ルカは「全能者を信じろ」と言うが、不安なものは不安なのである。と、その時だ。
「お待たせ致しました」
食後のデザートとして、バニラアイスが添えられたタルト・タタンが運ばれてくる。
私はパァっと明るくなり、私って現金なやつだよなぁと内心思いつつ一口食べた。
微かにブランデーの香りがする。
「幸せ…」
「だろうな」
ルカがコーヒーを飲みながら言った。先程と打って変わった私の様子に呆れているのか、こちらから目を背けている。その態度に何故かムッとした。