過去編-分かっている
「お前が確定すれば、あとは誰を連れて行くかも、自動的に決まる」
私ともう一人、となれば風見かルカだ。あとは、霰の弟子という事で日向の可能性もあったが、その三人なら問題ない。
「霰さんの賭けは…私が上に行くか、下に行くかで決まったんだな」
私の言葉に鵠沼は頷いた。ハノイの塔で登った階段で、霰の賭けは始まったのだ。
「ルカがもし上に行っていたとしても、机の書類を動かさなければ罠は発動しない」
ふうじんの姫君へーーーあの言葉に反応するのは、私だけ。
「それにもしルカ達が誤って罠に嵌ったとしても、彼奴らなら魔法で助かった」
ルカは妖精の輪で、私を助けた様に。
そして風見と日向なら、風の魔法を使っただろう。
風見は風に乗って宙に浮けるし、日向は空気抵抗を強めて地面に着くまでに衝撃を弱められる筈。
「当然、ドゥンケルシュタールの効果範囲も考えられていた。調査によれば、意図的に範囲が弄られているらしい」
通常の効果範囲は、ドゥンケルシュタールを中心に球体を描く。だが霰さんの屋敷にあった物は、面状に広がっていたと報告があった。
鵠沼は伏せた目をゆっくり開くと、私に目を向ける。
「霰がどうお前の事を思っていたのかは、分からない」
殺したい訳では無い。だが、何かやらなければ、腹の虫が治らない。
その葛藤の末、霰が選んだのが今回のカラクリ屋敷。と、鵠沼は考えている。
「殺したいとは思わない。ただ、許す事も出来ない。そしてお前が一番、苦しんでいるとも知っている」
心は怒りを叫び、理性は許せと言う。
「お前の進む未来には、今回の様な事が何度も起きるぞ」
鵠沼は私に、得も言えぬ眼差しを向けた。私は目を伏せ、そして次に真っ直ぐと鵠沼を見つめる。
「分かっている」
それでも、やめる事など出来ないのだ。
職場に戻ると、なんだか騒がしかった。首を傾げながら部屋に入ると、ルカ、風見が珍しくゲームをしている。近くで観戦していた日向が私に気付き「よっ」と片手を上げた。
「報告お疲れ様、ナギ」
と、言いながら風見はポーンを動かす。敵地の最奥まで進んだポーンが、クイーンとなった。
対戦相手のルカは厳しそうな顔をして、盤を睨む。そして
「また引き分けか」と、ルカ。
「さっさと潔く負けなさいよ」と風見。
「風見、お前の方こそ譲ってやれよ」と日向が呟く。
一体何故、チェスなどしているのか。状況が分からない私に、日向が親指で後ろの机を示した。そこには、一本の剣が置かれている。
「それって…」
「霰さんの書斎にあった魔道具だよ」
ルカはせっせと盤に駒を並べながら言った。
私は「あぁ、やっぱり」と頷き、剣を手に取った。あの部屋で見つけた物の一本か。