小噺①
ーールカ…
とナギが俺の名前を呼ぶ。俺の首に腕を回し、抱き寄せる。
「ナギ…」
誘われるように、俺はナギに顔を近づけた。
んっ……と甘い呟きが聞こえる。俺は逃がさない様に、ナギの頭に手を回した。
艶やかな赤髪を指に絡ませる。そして同じ様に、ナギの舌に自分の舌を絡ませた。
暫く会えないと言う事実が、いつも以上に執拗に口付けをする。
ナギに火、水、風そして土の4ヶ国と対アルカナ同盟を締結してくるよう辞令が出た。
まぁ、ナギが出した提案なのだから当然と言えば当然なのだが。
しかし、さすがのナギでも長期間の滞在になるはずだ。と言うことで、ナギは目が回る忙しさで、業務の引継ぎやら手回しやらを行なっている。
俺は軍の人間ではないが、殆ど顔パス状態で城とナギの執務室に出入りしていた。
今日は手土産に、ジュレを持ってきている。
ここ数日、ずっと真夏日が続いており、クリーム系のケーキより、ゼリーやジュレの方が喜ばれると思ったからだ。
「この間、無理させたからな…」
具体的に何をさせたかは言わないが。
賄賂ではないが、旅立つ前にもう一度…と言う思いはある。
なかなか品の無い事を考えつつ、俺は執務室に入った。
入室すると、ナギとレイがいた。ナギはどこかと電話しており、レイは顔を真っ赤にして怒っている。
「何かあったのか?」
「酷い中傷よ!!」
感情的になっているレイの代わりに、ナギが電話をしながらタブレットを渡してきた。画面はイントラネットに載せられた広報である。
【レイチェル中尉、朝帰りか!?】と言う見出しと共に、某ホテルの入り口付近で歩いているレイの写真が載っていた。
見方によっては、ホテルから出てきたかのように見える。問題はそこでは無い。
「ふざけるなよーー!」
一緒に写っていたのは、なんと俺だった。本文にも、【ミネルバの梟、ルーカスと】と書いてある。
「一緒に写ってるアサガオから、朝だと分かるってさ」
電話を切ったナギは、ニヤニヤしながら記事を読む。俺はつい、ナギを睨んだ。
「これは任務で出掛けた帰りに通っただけだ!」
「そうよ!!それにここを通ったのは朝じゃないわ!」
今こそ、ナギと同じ能力が欲しいと思った事はない。
と言うか、ナギは俺の事を信じないのか!?と逆ギレに近い感情を抱いた。その様子に、ナギは「信じてはいるよ?」とおかしそうに笑う。
「ただ、主張だけしかしないから馬鹿だなぁって」
「どう言う意味よ?」
レイが首を傾げた。俺はナギの言葉に反応し、写真をよく見る。
ナギが無駄な事を言う筈がない。つまり、何かヒントがあるのだ。そして俺は疑問を口にした。
「もしかしてこれ、ヨルガオか…?」
アサガオやヒルガオ、ヨルガオは時間帯によって花が開く時間が違う。夕方から咲くのは、たしかヨルガオだった筈だ。
軍との共同任務で、此処を通過したのは夕方。それを証明出来れば、この写真の信憑性は下がる。
しかし
「さっき問い合わせたら、どっちも植えてあるらしいぞ。客入りが多い時間帯に咲くよう配慮しての事みたいだな」
客がホテルに訪れる時間帯(夕方〜)と、帰宅する(朝〜)に入口に咲いているよう考えて植えられたらしい。
つまりこの写真に写っているのが、アサガオなのかヨルガオなのかは判断出来ない。
「けど、着眼点はいい線いってる」
ナギは片目を閉じて得意げに言う。悩む俺達に、ナギはヒントとして写真の地面部分を示した。
「ここ数日、雨は降っていないのに地面が濡れている。これって打ち水じゃないか?」
その後、部屋を飛び出すかの様にレイと共に広報部に行き、猛抗議した。
「広報部が捏造報道していいのかよ!!」
「名誉毀損で訴えるわよっ」
乗り込んできた俺達に、広報部は初め強気だった。おそらく、アサガオとヨルガオの事を言ってくると予想していたのだろう。しかし
「打ち水は、夕方にしか行なっていない」
打ち水は気温が上がっていない朝か、気温が下がって行く夕方に行うものだ。
ホテルに問い合わせした所、打ち水を行っているのは客足が増える前の時間帯、夕方のみ行なっていると返ってきた。
そしてここ数日、夏日が続いて雨は降っていない。つまり
「この写真は、朝ではなく夕方に撮られたって事。これで記事の信憑性は無くなった」
記事には【朝、ホテルから出てきた二人〜】と書いてある。にも関わらず、夕方に撮った写真が使われているのだ。
「これがホテルに入っていく様な写真だったら、広報部も言い逃れ出来ただろうに」
ナギは柚子のジュレを堪能しながら呟いた。
今の呟きを聞かれたら怒られそうだが、ルカ達は部屋にいない。
今頃、二人は広報部を問い詰めている事だろう。
「下世話な話題は注目を集めるけど、捏造は駄目だろ」
最近、確かに面白い報道はなかった。それにアルカナ対策への予算が増えた為、いくつかの部署に皺寄せが起こった事も知っている。
つまり今回の事は、レイやルカへと言うよりナギへの当て付けだったのだ。
あわよくば、三人の間に亀裂でも入ればいいと。
「足の引っ張り合いに構ってやる程、暇じゃ無いんだけどなぁ」
いつかこの膿みも出さなきゃな、なんて事を考えつつナギは最後の一口を食べた。
小噺は基本、1ページで完結できるように書いていく予定です。
明日からは、また本編に戻ります。
蛇足、
アサガオ、ヒルガオ、ユウガオ、ヨルガオの中で、ユウガオのみ仲間外れのウリ科。それ以外はヒルガオ科サツマイモ属らしいです。