過去編-何故、私に?
爆発音と、振動が伝わってくる。私は再度サイコメトリして、自分が使った入口を確認した。そして顔面蒼白になる。
震える唇を一度強く噛み締めると、動揺を悟られぬ様に無線に向かって言った。
「こっちも出口を塞がれた」
『そんなっ!!』
無線の向こうから、三人の叫び声が聞こえる。魔法による遮断壁は、片方の道しか塞がない。書き換えようとしたが、補填されている魔力量では壁を広げる事は出来ないようだ。
私は拳を握り締めた。この状況はまるでーーー
『トロッコ問題のよう?いいえ、違うわ』
無線から、ナギ達ではない声がハッキリと流れてきた。私は目を見開き、無線を凝視する。その声はーーー
「そうですね。ーーー何故、私に?知恵の女神よ」
『だって今、生死の選択肢を持っているのは貴女なんだもの』
ふふっとアテナの笑い声が聞こえる。
トロッコ問題とは、暴走したトロッコの先に五人の作業員がおり、そのままだと轢き殺されてしまう。この時、自分の側には線路の切り替えスイッチがあり、線路を切り替えれば五人は助かる。
しかし、切り替える先の線路には、一人の作業員がおり、五人を助けた場合一人が死ぬ。
自分に出来るのは、スイッチを切り替えるかどうかだけ、さぁどうする?と言う思考実験だ。
ーーーこの問題の大前提は"自分に命の危険がない"事である。今の私には当てはまらない。
私の頭の中は「何故?」と言う疑問でいっぱいだった。
ーーー何故ここでアテナが出てくる?
ーーー何故こんな状況になった!?
ーーー村崎以外に敵がいた?
ーーーまさか、本当にサトリがいた?
ーーーそれを私は見逃したのか?
ーーーこの私が?
ーーーそんな重要な事を、何故見落とした?
ーーー何故!どうして!!
なんでこうなった!!ーーー怒りと後悔そして疑問が湧き上がり、渦を巻く。考えがまとまらず、私は拳を岩壁に打ち付けた。
『さぁ、考えなさい。何故こんな事になったのか。誰が、こんな事をしたのか。貴女なら、気付くはずよ』
アテナの言葉に、私の中である残酷な可能性が浮かび上がった。
「まさか…」
手にある無線に、視線を落とす。
おそらく今、憑き物が落ちたような表情をしているだろう。私はゆっくりと目を閉じた。そして決意すると、目を開き無線でナギ達に呼びかける。
「ナギーーーすまない」
そして私はボタンを押した。