過去編-功利主義だから
ルカがアルカナにやってくる1年前の事。
ナギはミランダーーー師匠の自室にいた。床や机の上には段ボールが置かれており、ナギの采配で必要な物、不必要な物ーーー残ってはいけない物などと分けていた。
「……」
ナギの想像よりはるかに片付いている部屋に、違和感を覚える。普段からこんなにしっかりしていただろうか?どちらかと言えばガサツなタイプだった筈だ。
「通帳、印鑑その他諸々の契約書…」
引き出しを開けると、まるで「ここにありますよ!」と言わんばかりに、きっちりと揃えられていた。
「師匠…」
これじゃまるで、終活後の様だ。その言葉をナギは飲み込んだ。
「なぁナギ、臓器くじ問題って知っているか?」
久しぶりの師弟での任務。
移動中の現在でも、どんな無茶振りをされるのかと、戦々恐々としているナギに私は話し掛けた。ナギは一文字も漏れがないよう目を皿の様にして読んでいた資料から顔を上げ、ジト目を向けてくる。
「思想実験のアレですよね。それぞれ違う臓器移植を待っている人たち複数人を助ける為に、一人を犠牲にして助けるのは許される行為か?って言う」
そうそう、と私は頷いた。お前はどうする?と聞くと
「私は許されない派です」
「へぇ、つまり複数人を殺す側か」
意地の悪い笑みを浮かべ、更に意地悪な言い方をわざとする。ナギはムッとして、口を尖らせた。
「あの問題は『殺した人数より助けた人数の方が多ければ、罪はないのか?』と言い換えられると思います」
「ほぅ?」
「更に言い換えると『五人助けたのなら、最大四人まで殺しても罪にならない』と言う発想になります。ーーーこれは違うと、私は思うのです」
ナギの出した回答に私は「なるほど」と頷く。ニヤニヤッと気味の悪い笑みを浮かべる私に、ナギは顔を顰めた。「うわぁ」と言う声が聴こえてきそうである。
「一応、聞いてあげますけど…師匠のお考えは?」
「私、功利主義だから」
「……」
ナギの目がより一層、冷たくなった。
再び師弟コンビでの話になります!