過去編-渡りに船とでも言っておくよ
視察最終日。風見達の応援に菴羅にやってきた日向は走っていた。
一瞬足を止め息をついた瞬間、顔の側にあったマンゴーの実が弾け飛ぶ。
「なかなか良い腕してるな」
と、皮肉混じりに呟く。
「おい、そっちはどうだ?」
インカムで呼び掛けると、少しの雑音と共に、返答があった。
「問題ないわ」
そして
「はい、終わり」
と、呟く。おそらく、全員片付けたのだろう。そこそこの人数がいたと思われるが、流石全能者である。ただ、それならーーー
「この囮役目、お前でもよかったよな…」
荒い息を整えながら、合流した風見へ少し恨み言を言う。風見は「全能者を囮に?そんな贅沢する余裕なんてないわよ」と一刀両断した。
「それこそ、最後の弾丸が当たらなかったのは私のおかげよ」
風見は感謝しなさい、と言わんばかりに胸張った。
風見と日向はそれぞれ自分の周囲の空気の温度を変えていた。それにより光が屈折し、スナイパーの照準をずらしていたのだ。
しかしスナイパーも馬鹿ではない。発砲する度に修正し、最後は当てるつもりだった。それを風見が、間の空気を更に変化させ照準をズラしたのである。
「ナギ達の方はどうだって?」
「さっき分析結果が出たって。すぐに此方に来るそうよ」
襲撃者達の身柄はちゃんと押さえておいてね、と最後に受け加えられて電話は切れたらしい。
「一応確認だが、ちゃんと生きているんだろうな?」
日向は恐る恐る尋ねた。風見は「当然でしょ」とため息まじりに答える。
「捕虜がいるから、交渉できるのでしょ」
数日後ーーー白い砂浜に、打ち寄せる波。パラソルを広げ、その下で私はマンゴーのシャーベットを食べていた。
「美味いっ!」
「…体を冷やしすぎて、また風邪ひくなよ」
隣でルカが私を注意する。が、目は遠くを見つめている。何か見えるの?と聞くと「海が見える」と言う答えが返ってきた。
「脅はーーー交渉は上手くいったのか?」
いま、絶対に脅迫って言いかけたっ!!と私は内心で突っ込んだが、口にシャーベットを突っ込んだ所だったので何も言えなかったのである。
ルカはチラリと一瞬だけこちらをみると、すぐに視線を海へと戻す。何か言いたいことでもあるのか?
ちょっと喧嘩腰になりかけたが、折角の海なのだ。少しは我慢しようと、私は「まぁまぁかな」と答えた。
「渡りに船とでも言っておくよ」
結果から言おう。襲撃者はパンタシアの息が掛かった、いや、正確に言うのなら、寺に潜入していたパンタシア人である。