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チェンジ!

 野獣へと変貌した童貞ズだったが……あの後、先生に怒られ、半ばなし崩し的に授業へと臨むこととなった。


 その日の授業は、二年四組のモテないメンズにとって、コレまでの人生で一番長く、遠く感じさせるものだった。


 かつてないほどに針の歩みの遅い時計は、彼らの頭の中では既に幾度となく破壊され、窓から放り捨てられていた。


 だが、実際にそんなことをすれば先生のお説教フルコースを喰らうのは考えるまでもない。何なら親を呼び出されて『合コンに行きたくて時計を破壊しました』なんてクレイジーな供述を強いられることとなる。


 彼らは歯を食いしばり、血の滴る拳(嘘である。盛りました)を握り締め、ひたすらにその時を待った。


 キーンコーンカーンコーン♪


 そう、全ての授業が終わり、その後のHRの終了を告げるチャイムをだ。


「はい、今日はここまで。それでは日直――」


「きりっ! れいっ! ちゃくせっ!!」


 う●こがしたい時のそれを越える刹那の号令。全員が残像を発さんばかりの速度で一連の動作を行う。


 放課後――時は来た!!! もう邪魔をする者はいない!


 再び地獄の訪れを誰もが予感したその時――


「誰を連れて行くかは俺が決める!」


 ――先んじて槍チンが野獣どもを制す。


「四対四の合コンだ。俺は当然行くとして、残る椅子は三つ! 誰を連れて行くかは希望者全員と面接をして決めるが、その前に……だ。ミノル、アリップ、モジャ兵」


『ん?』


 呼ばれた三人が槍チンを見る。


「俺達は小学校からの付き合いだ。昔から知ってる仲としては、お前らを推してえ」


「ぬあんでだよ!」


「贔屓すんな!」


「絶対俺の方が上手くやれる!」


 コネで選抜しようという、その魂胆が癪に障ったモブ生徒が抗議の声を上げる。


「うるせー! 次に文句言ったヤツは選考から外すぞ!」


 槍チンが一喝して周囲を黙らせる。


「……まぁ、勿論今のままのダッセェおめーらを連れて行くつもりはねーがな。槍チン完全監修のファッションチェック、トーク、その他諸々プロデュースした上でだ」


 その余りに上から目線の物言いが、三人の癇に障った。


 そう。槍チンの言った通り、この四人は小学校からの付き合いだ。一緒に遊びに行ったり、誰かの家でお泊まり会をしたり、何ならう●こを漏らした事実などまで知っている関係なのである。


 だからこそ、そんな竹馬の友が自分達を完全に見下している事実が許せなかった。


 無論、槍チンが同行を熱望する他生徒を差し置いて、三人に声を掛けたのは、紛れもない友情からである。


 だが、そんな手を差し伸べる行為は、差し伸べられる側からは、対等でないことを突き付けられることに他ならなかった。


 何せこっちはう●こを漏らしたりおしっこを漏らしたり、槍チンの彼女も知らないような恥部まで知り尽くしているのだ。その気になれば(くだん)の彼女にそれをチクり、この幸せに弛み切った癇に障るうすら笑いを破壊することまで出来る。


「僕はいいよ。リアルの女子に興味ない」


 アリップが断りの言葉を口にする。


「おいおいおいアリップ。いい加減目を覚ませ。お前の恋する彼女は画面から出てくることはねえ」


「僕は彼女が出来ないんじゃない。付き合いたいと思う女子がいないだけだ」


 その堂々とした物言い、毅然とした態度は、どういうワケだか他の者の目から見ても「やだ……かっこいい」と思わせるだけの謎のオーラを放っていた。


「アリップ……お前はこいつらの中で一番見た目がまともなんだ。髪切って、眼鏡も外してちゃんとした服着てみろ。一瞬でリア充に変身だぜ?」


「くどいな。僕はコレまで三次元の女に恋をしたことはない。きっとコレからもない」


 食い下がる槍チンに突き放すアリップ。


「アリップに賛成だな。それに合コンになど来る、浮ついた女子なぞこちらから願い下げだ」


 モジャ兵がアリップに同調する。


「なぁ槍チン。こいつらこう言ってることだしここは諦めて俺達を――ひっ!」


 ちゃっかり空座を狙わんとしていたモブ生徒だったが、無言で勢いよく右腕を上げた槍チンにビビって押し黙る。


 勢いよく振り上げられた右手。そこにはスマートフォンが握られていた。


「モジャ兵。お前が一番やべぇぞ」


「何?」


「彼女の友達連中にこの写真を見せたんだ」


 見ればスマホの画面には、まだ高校一年の時……まだ槍チンも彼女などいないモテないピュアボーイだった頃、ヤケになって男四人でネズミの王国に行った時の写真が映っていた。いっそ思い切りネタにしてやろうと、男四人が満面の笑みで●ッキーを羽交い絞めにしている(絶対に真似しないでください)命知らずのデスゲームの風景を切り取った一枚だ。


「モジャ。お前確か毎日朝シャンしてんだよな」


「ああ、親父が夜寝るのが早いからな。シャワーの音で起きてしまうってうるさいんだ」


「この写真を撮った時、俺は二日風呂に入っていなかった」


「きったねーなおい」


「何を唐突にカミングアウトしてんだアホ」


 ミノルとアリップに貶されながらも、槍チンは余裕の表情を崩さない。


「JK四人に聞いてみました!『この中で一番清潔感がないのは誰』ッッッ!!!」


「ま、まさか……!」


 一瞬頭をよぎった最悪の予想にモジャ兵は戦慄する。


「やめろ槍チン! 何故そんなことをする!?」


「モジャ兵に何の恨みがあるんだ!」


 ミノルとアリップが話を中断させようと躍り出るが、それよりも先に槍チンが言葉を紡いでしまう。


「そう! 満場一致で選ばれたのは! モジャ兵! お前だよ!」


「ぐあああああああ――っ!!」


 モジャ兵が頭を抱える。アフロ化した髪の毛のせいで、さながらその様は頭が爆発してキノコ雲が上がっているようだった。


「お前は女を選べるような立場じゃねーんだよ! ダサい! むさい! 体毛が濃い! あと臭い!」


「やめろ! コレ以上は死んでしまう!」


「ギャッ●ビーの脂取り紙が透けて向こう側が見えるくらい脂ギッシュ! 朝剃った髭が昼にはジョリってる!」


 苛烈なまでの追い打ちに、ミノルが慌てて止めに入るが、それでも槍チンは止まらなかった。


「やめろ! 天パーや毛が濃いのは仕方ないだろ! そういうので人を貶めるのは最低だぞ!」


 半泣きになりながらもモジャ兵が抗議する。


「確かにそれで人間扱いしなかったり、いじめの標的にするのはタブーだ。俺も反吐が出る。だがな、そういうのは最低限『人間』として見てもらえるだけで『恋愛対象の異性』とは見られねぇ!」


 モジャ兵に電撃が走る。


「女子だって髭も生えればワキ毛も生える! 彼女達はそれと戦って、整えて、化粧までしてセルフプロデュースした上でリングに上がっているんだ!」


「えーんえーん!」


 いよいよ心が折れたのだろう。モジャ兵が泣いた。


 ……だとしても、モジャ兵のようなゴツい男がえーんえーんと声を上げて泣く光景はちょっとしたホラーだった。周りのクラスメイトは見ていられないと惨劇から目を逸らす。


「……だが、俺ならその全てをクリアした上で、お前に彼女を作ってやれる」


「…………」


「…………」


「何……?」


 ミノルも、アリップも、何も言えなかった。完全に槍チンのヤリチンオーラに呑まれていた。


「俺は知っている。お前のマイナスポイントを全て破壊して、一人の英国紳士にしてやれる術を」


 ……いや、日本人の時点で英国は無理だろ、とツッコむほど野暮な人間はこの場にはいなかった。


「悔しくないか、モジャ兵。こんな会ったこともない頭の軽い女に汚物扱いされて。俺ならその女に『モジャ兵くんって……会ったらすごいカッコよくて驚いちゃった……好き♡』とメスの声で言わせることができるぞ」


「ほ、本当か……!」


「ああ……本当だとも」


 ニヤリと槍チンが笑う。


「バカ! 口車に乗せられるなモジャ! こいつが欲しいのは引き立て役だ!」


「SHUT UP! ドントスピークだ。アリップ」


 妙にネイティブな発音で槍チンがアリップを黙らせる。


 アリップも、モジャ兵も、いや、もはやクラス全体が完全に槍チンに支配されていた。


 ……コレが……童貞を捨てた男の纏うプレッシャーなのか……?


 一同は戦慄した。


「いいか、お前ら。高校生活は三年間しかない。だが『高校の時の彼女がさぁ……』なんて話題は一生モンだ……!」


「……っ!!」


 全員がハッと息を呑む。


「それとも、お前らは……ずっと何もしないで青春を棒に振って、三十代になって飲み屋で『SNS見たら元カノが結婚しててさ、何か複雑だけど、幸せならいいや』とか言う同僚の隣でクエスチョンマーク浮かべんのか!」


「……っっ!!」


 またも全員が息を呑む。


「今こそ立ち上がる時だろ、モジャ。アリップ。『俺だって異世界転生もの書けば余裕で書籍化出来るもん』とか言いながら書かないWEB作家みてーなこと言ってねえでよ!」


 妙に具体的な喩えだが、作者の思想とは一切関係がないことをここに明言しておく!


「勇気出して飛び込んでみようぜ! もし失敗したらよ……一緒に泣いて、笑ってやるからよ!」


 その言葉はとどめの一撃だった。


「槍チン……! 俺はお前についていく!」


 モジャ兵が堕ちた。

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