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嵐の訪れを告げる者

「なあ、彼女ってどうやったらできんの?」


 授業間の休み時間。田中実(たなかみのる)はクラスメイト達に向けてそう問い掛けた。


 ここは武蔵沢(むさしざわ)男子高校――通称『むさ高』の二年四組の教室。その不名誉な通称通り、男子高ならではのむさ苦しい男性ホルモンパンパンな野郎どもの汗の香りと、色気づいたデオドラントの香りがブレンドされたカルマの充満したカオス空間だ。


「……正しい選択肢選んで、好感度を上げていけば即ハメおけ」


 手元のゲーム機から視線を切らないまま、長い前髪の下に分厚い眼鏡をかけ、目を隠した小柄な少年、通称アリップがボソリと答えた。


「……俺の頭には、そんな便利な選択肢浮かばないんだけど」


「ふふ、コレだから童貞は……」


 アリップの言葉に、話を聞いていた全てのクラスメイトが『お前もな!』と心の中でツッコむ。だがそれを口に出すことは決してない。何故なら自分自身にも跳ね返ってくる諸刃の剣だからだ。


 もう一つ、もし口に出してアリップを怒らせようものなら、ムキになった彼はエッチな漫画やゲーム、ネットで得た偏った性知識を引けらかしてマウントを取って来るだろう。


 そう、彼のあだ名であるアリップは、アダルト・リップの略だ。彼は精神の安定が崩れると、とにかく下ネタを口走る可哀想な人間だったのだ。


 作者がこの話で泣く泣く『性的表現アリ』にチェックを入れたのはこいつのせいである。


 アリップは小柄な女顔であることから、男子校の中で貞操の危機を感じて眼鏡で目元を隠し、下ネタを連呼することで己の身を守ろうとしているのだという、誰が言い出したのかも、嘘か誠かも謎な噂がある。


 その真偽を確かめようとする者はいない。いくら男子といえど下手に手を出した結果、余りにデリカシーのない下ネタにまみれるのは嫌なのだ。


「人助けをすればいいのではないだろうか」


 そう答えたのは、ミノルの後ろの席に座った、天然パーマをモジャモジャとさせたガタイのいい男、通称モジャ兵だ。


 ミリタリー&特撮オタクの彼は今日も自慢の指出しグローブをハメ直す仕草を見せつけながら、ワイルドに笑って見せる。


 どこの誰から見てもイタ過ぎるのだが、それを指摘する者はいない。


 以前体育の時間に先生に『外せ』と言われても、己の意志を貫き通した彼の鋼の精神力を知っているからだ。


 実際のところは、その時の「いや、コレを外すとだな……力が制御出来ないんだ」という言い訳が余りにもイタ過ぎて、誰も何も言うことが出来なかったのである。


 そして先生や周りの忠告を無視した結果、指出しグローブの下だけ真っ白で、指先だけ日焼けするという神罰を受け、引っ込みがつかなくなった彼が未だに孤独な戦いを続けているのをみんな知っているから。


 そんなアリップとモジャ兵の顔を見て、ミノルは溜息を吐いた。


 ……別に世間話の話題として振っただけなのだが、それでも聞く相手が悪かったな、と。


「はっはっは!! 選択肢? 人助け? なんにも分かってねえなぁお前らッ!!」


 どうやって話を聞いていたかは分からないが、高笑いをしながら教室へと入って来る影があった。


「むむっ、この声は!」


「裏切り者めっ!」


 アリップとモジャ兵が色めき立つ。


「どうしてお前らに彼女が出来ないのか……それは『行動しないから』だよッ!」


『……槍チンっ!!』


 得意満面で現れた、この茶色い短髪をワックスでバッチリ決めたシャレオツ男子……通称槍チンは、最近塾で顔を合わせる他校の女子と付き合うことになった、青春真っただ中の絶好調ボーイだ。


 ちなみに、槍チンのイントネーションはプレイボーイとしてのそれではなく、エ●ティン元大統領と同じ発音だ。


「彼女はいいぞぉ。話す度、接する度にそれまでの自分がどれだけちっぽけだったのか教えてくれる」


「また始まった……」


「香水くせーんだよ」


「この軟弱者が!」


 そう、ミノル達のいるこのクラスは大きく分けて三つの層に分かれている。


 一つ目が、香水や整髪料などを嗜み、眉毛も鼻毛も整ったイケイケ層。少数の選ばれしチート戦士だ。


 二つ目が、部活や体育でかいた汗の臭いに対する最低限のケアとして、デオドラントを使うエチケット層。大半の生徒がここに属している。


 そして三つ目が、体臭上等、自分を偽らないワイルドなナチュラル層だ。ミノルやアリップ、モジャ兵はここに該当する。


 目の前にいるこの男、槍チンはナチュラル層から、彼女が出来たことにより一気に調子こいて、イケイケ層にジャンプアップ。ワープ進化を遂げた異能生物なのである……!


「くせーのはオメーらだ。いつまでも恥ずかしがってねーで吹っ切れよ。いい加減」


 コレはナチュラル層が現状を脱せない理由について言っているのだ。


 先程『体臭上等』と言ったが、それは正確に言えば誤りである。


 ナチュラル層に属する者は皆、一度は脱却を目論み、その果てに出戻った者達ばかりなのだ!


 ナチュラル層の一人がデオドラントスプレーを使おうものなら、(たちま)ち同じ最下層の住人に、「あー! こいつ色気づいてスプレーなんか使ってっぞおおおお!」と糾弾される。


「オシャレこいてんじゃねーぞ!」


「貸せ! 俺も使うっ!」


「山田のキン●マに全部照射してやる!」


「ア”――ッ!! 山田的にコレは新しい世界の扉を開いてしまうぅ!!」


 と寄ってたかって脚の引っ張り合いが始まるのだ。


 上に行こうとする者は全力で妨害する。


 デオドラントスプレーは見つけ次第、即日全消費させられてしまう。


 無けなしのお小遣いを使ってまで、新しいスプレーを購入するだけの価値を感じないし、まさかお母さんに「山田のキ●タマに全部使ってしまったから新しいのを買ってくれ」と言うワケにもいかない。


 何と悲しき戦いの歴史か……。同じ過ちは繰り返すまいと、彼らは抜け駆けをやめるという平和条約を結んだのだ。


 実際のところは、アレである。


 やっぱり、恥ずかしいのである。周囲と違う行動を取って、周りからそれをイジられてしまうのが。


 そうしてイジられた生徒は「正直この匂い気に入ってなかったっていうか、ぶっちゃけ嫌いだったんだよ!」と自分に言い訳をして、結局元のポジションに戻ってしまう。


 そして周囲がこんな時に決まって放つ言葉が「そのままの君でいい」である。非常に聴き心地の良い綺麗事だ。


 こうしてお互いが脚を引っ張り合い、出る杭を打ち、蜘蛛の糸が垂らされればカンダタが気づくより先に引き千切る。


 そんな不毛の坩堝(るつぼ)が、ここむさ高の二年四組なのである。


 だが、そんな彼らを尻目に槍チンは一人、「そのままで……いいワケねーだろ……!」とワープ進化を遂げた。


 当然、条約違反だと民衆は烈火の如く怒り、雲霞(うんか)の如く押し寄せた。


 それらを一撃で黙らせた伝説の究極奥義。


 それが槍チンの使った「彼女の友達がさぁ、かなり可愛いんだけど、今フリーなんだってさ」で、ある。


 コレには冬眠前の熊、或いは空腹時の虎よりも凶暴だった童貞達も、借りてきた猫に勝る勢いで、大人しくなる他なかった。


 裏切りを行いつつも、「次は自分がワープ進化できるのでは?」という期待をエサに猛獣どもを手懐け、「調子こいてんじゃねーぞ」という先輩に校舎裏で二、三発殴られても泣かなかった勇者。


 それでいて、もし期待させるだけさせて、ご破算になった途端、獣達が牙を剥くであろう、そんな細いタイトロープの上を渡り続けるリスキーな男。


 それが、話題のシャレオツリスキーボーイ、槍チンという男なのである。


 そんな彼が、クラス全員が庶幾(こいねが)い、心待ちにしていた言葉を口にした。


「今度合コンがあるんだけどよ、さすがにそれじゃ連れていけねーなぁ」


『……っ!!!?』


 一瞬の沈黙の後、嵐がやってきた。


「うおぉおおおおおおおおっ!!!」


「俺が行く!」


「いや俺が!」


「おれおれおれおれおれおれ!」


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」


「僕が!」「おいどんが!」「あっしが!」


 喧々囂々(けんけんごうごう)


 とうにチャイムは鳴っていて、教師が入ってきているにも関わらず、男達は潜在されし童貞力を解放する。


 教室内は野獣へと変貌した魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもの跋扈(ばっこ)する無法地帯と化したのだった。

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