44話『どうということのない日曜日』
日曜日の朝は起きたくない。
明日はバイトと学校。その二つはやはり耳にして気持ちの良い言葉では無い。そうはっきりと思うようになったのは確か、三月と出会ったあの日からだ。
けれどどうせその日になればやる気になっているのが俺の長所だ。
「……おはよう、今日は早いのなぁ」
「……おはよう、修哉くん」
彼女が俺の名前を寝ぼけ顔で呼び、再び重たく瞼を閉じ、布団に倒れた。
全身の血が沸騰したように、俺の頭は、身体は痛かった。やはり早いところ布団を買おう、そう思う。
吐き気に苛まれながらも身体を起こし、酷く憔悴したような寝起きの顔をぬるま湯で洗い、ミントのきつい歯磨き粉で歯を磨き、寝癖を櫛で梳く。
その行程を過ぎればいつも通りの顔だった。
頭痛も気まぐれですでに興味を失ったように消えた。
気が向いて棚を開け、久しぶりにコンポタを温かい牛乳に溶かした。三月は電池が切れたみたいに寝てしまっていた。どんな夢を見ているのか、健やかな表情だった。
思わず突いてしまいたくなる。そんな綺麗な肌。きっと同性からしたらあり得ないのだろうが三月はノーメイクだ。化粧品という化粧品はこの家には無い。保湿用品だけはある。
男目に見ても羨ましい限りです。
「あ……ごめん、起こした?」
「……いま、起きるところだった」
それなら驚いて額ごっつんとか――。
「コンポタでも飲むか?」
「……」
静かにうなずく。目が細く、まだ半分夢の中に居るのではないのだろうか。そんな三月はふぁさっと毛布を落とし、ぺったぺったと可愛い足音と共に洗面所に消えていった。
そんな傍らで米が炊けた。炊きたて特有の得も言われぬ実家のような安心感を抱く香りが柔らかく顔を包んだ。
「さすが、プロの炊き方は違うな」
一体プロはこんな安物の炊飯器でご飯を炊くのか、きっと記事の為に考えてくれたんだ、という疑問はさておいて。
「三月、納豆食べるか?」
「…………食べる」
納豆はどちらか片方が食べると信じられないほど不快、だけれど二人で食べれば信じられないことに全く気にしない。というか納豆の香りを不快に思わなくなる。
いつも通りであれば後十分ほどで朝の支度が終わるはず。
その予想は当たった。
先端の太い箸で俺達は仲良く面と向かって納豆を混ぜていた。
最初は「クッサ」と思った、今では「良い香り、こんな香水がほしかったの」と、さすがに嘘だがそのくらいに鼻はなれた。
ある程度混ざったらタレをいれ、軽く混ぜてご飯にまんべんなく落とす。そしてカラシを。
「それ、辛いヤツだから」
「あ、」
間一髪、再び食欲が地平線の彼方へいってしまうところだった。
俺は箸からスプーンに持ち替える。なぜか納豆はスプーンで食べる、という癖がついている。三月はねっとり納豆に侵された箸でご飯を掴み上げようとするがぼろっと崩れてしまう。意外と技術を必要としていた。
「スプーン、いる?」
「……うん、もらう」
コンポタと納豆ご飯、という組み合わせは中々新しいモノだった。
朝食を済ませ、洗い物を済ませ、軽く掃除をして、現在暇。
特にやることも無くてテレビを夜より少しだけ大きな音量で流していた。
テレビでは日本の観光スポットが紹介されていた。やはり冬と言えば北海道。そんな認識がいつの間にか俺の頭には刷り込まれていた。既に北海道は雪が降り、画面は白かった。
「そういえば明日からすんごい冷えるらしいな」
「そうでしたね……修哉さんは寒いのは好きですか?」
「嫌いじゃないけど、身体が拒むね」
雪が降ればスキーとか、スノボーとかそう言ったウインタースポーツが楽しめるが最後に行ったのは中学の時、それも屋内の人工スキー場。
ぎゅっと握ってもさらさらとほどけて落ちていく雪などテレビの中にしか存在しない、そんな風に俺は思っていたが、そもそもテレビの中はいつもこの世界のどこかだ。
確か二年前の冬、このあたりは白い雪に包まれていた。けれどたぶんあの時の俺はあまりその雪を必要としていなかった。素直に喜べない複雑な年頃というやつだ。
天気予報のおじさんが明日からぐっと気温が下がることを伝えたあたりで俺は窓の方へ顔を向ける。
「そういえば、洗濯物乾いたかな」
俺はソファーから立ち上がり窓に軽く触れる。それは氷のように冷たい。
窓を開けると凍てつく冷気が押し寄せる。さっさと手を伸ばし洗濯物を部屋の中に投げ込む。
未だ体は震え、急激に下がった室温をあげようと暖房が本気を出す。
「とりあえず乾いてるな」
「ほんとですか……ッ、冷たい……」
「そりゃそうだろ」
三月はそんな冷たい寝間着を、サンタにおもちゃをもらった子供みたく膝の上に乗せていた。
膝の上に丸めて……。
自分の鼓動が早まるのと頭痛を感じる。
目の奥が焼かれるように痛い。少しの光が眼球を裂くように。光から逃げる様に俺は瞼を強く塞いだ。
「大丈夫ですか?」
「最近、よくあるんだよ、しばらくすれば、収まるよ」
バカみたいに早まる鼓動。
三月は俺の肩に手を添えて再びソファーに座らせた。
寒い日のエンジンみたいな鼓動は厭に響く。そのせいで耳に入る些細な音でも気分がわるくなる。
「ゴメン、テレビ消して」
「わかりました」
意識が遠のく様な、そんな恐怖。このまま寝たら目が覚めないのでは、と、そう思わせる様な不快が襲う。
そんな闘いは二時間ほど続き。発熱。たぶんこの最近頭が痛かったのは熱の予兆だったのかもしれない。張り詰めていたものが一気に緩んだような気がする。
「まだ、気分は優れませんか?」
「あぁ、まだ少しだけ。でもだいぶ良くなったよ」
この家は必要なものが何かしら足りない、絆創膏すらないのだ。湿ったぬるいタオルが額の汗を拭く。
何かを忘れてる気がする。それが何かわからず、心の底がもやもやと気持ち悪い。
俺の日曜日はこんな感じで終わった。




