40話『中華丼が好き』
翌朝――金曜日――晴天。カレーの日にふさわしい今日の日。寒い朝は昨日のあまり鍋を啜る。辛いものが身にしみて内側が熱を持つ。唇辛い。おいしいかも。
三月は昨日と同じように目が覚めた。目が覚めただけで覚醒するまで三十分ほどかかる。
上体を起こしてカーテンからこぼれる光を身体に浴びて光合成でもしているのかも知れない。洗面所は交代で早い者勝ちで使用。美容にこだわりの無い男の良いところは朝の身支度に十分あれば余裕というところに尽きる。
対して三月はかれこれ三十分ほど。顔洗って、歯磨いて、髪を梳いて。一体何処に時間をかけているのか……もしかしたら寝ぼけてループしているのかも知れない。
そんな感じで二人は別々の朝食を取って、家を出た。今日もバイトだ。今日も学校だ。
「あの……」
「ん?」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます、今日も九時までには帰るようにするから」
バタンと鉄のドアが後ろで閉じる。
バイトも学校も頑張ろう! と、俺は簡単な男で『行ってらっしゃい』その言葉を交わしただけで頑張れてしまう。
そんな意気込みは早くも満員電車に圧迫され砕け、思わず殺意を抱く。
いつも通り時間ギリギリで入室。
「今日は私の勝ちね。後でなんか奢ってよ」
「いつからそんな罰ゲームが? なら昨日の分奢ってくれよ」
「修哉、いつから女子にお金を出させるようになったの?」
「……わかった何でも買ってやる! 何せバイトしてるからな」
「わーい、そういえば昨日のおつり返す」
「あ、どうも。莉緒って変なところで律儀だよな」
三千八百円。俺だったら言われるまで返さない。かも知れない。
ホームルームが始まり、担任の天パを眺めホームルームは終わる。
今日の莉緒の朝ご飯は最後までチョコたっぷりの葉巻風のお菓子。
一本もらい、時間をかけて食べる。
一つ上の階、六階の自販機は全三機、二機は飲み物、一機は軽食。
学生価格一〇〇円。
コレで『奢ってやった』とマウントを取るのは相当痛し、そんな思考にすら至らない。
「ありがと」
「おう」
会話は口に当てたボトルで途切れる。
何を話そうかと迷っても、この時期生徒の話題は受験についてが主だろうし。まったく変に真面目な生徒たちだ。とそんなのをよそにゲームの話が時々聞こえてくるのはなぜだろう。
クリスマスを一ヶ月後に控えて恋人が出来ない、と嘆くのは進学も無く、就職も無く、何をしたいかもあまりよく考えていない楽天家か、すでに専門学校とか早くに入学が決まっている人だ。
「今年もクリスマスはお一人か?」
「そう言う修哉は? バイト?」
「あれ、いったっけ?」
「だって、昨年も一昨年も、バイトだったじゃん。店長ムカつくくらい喜んでたしね」
「いたなら会いに来てくれても良かったのに」
「バカ言わないでよ。でも、今年もバイトならさ、行ってもいい?」
「そりゃ、客としてなら歓迎。予約しておいてやるよ」
「そういうの要らないから」
莉緒はため息を吐いて口元をわずかに上げた。
顔色は良さそうだった、きっとよく眠れたのだろう。
俺たちは予鈴が鳴ってから教室に戻った。
今日の昼食は中華丼だった。それもウズラの卵多めの六個。小さいながらも白身は意外としっかりしていて、黄身も味の濃いモノだった。
給食だと多分カレーの次に好きだ。




