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彼女と黒猫  作者: M.H
彼女は黒猫 (下)
36/54

36話『話したいことは話せない』

 放課後。俺は薄く軽いカバンを机脇から持ち上げる。カバンの中身は教科書やノートや筆箱、ではなく、ティッシュケースとウェットティッシュとシャーペンだけ。

「じゃ、また明日」

「あ、明日も……ううん、なんでもない。ちゃんと遅刻しないで来るんだからね?」

「何当たり前のこと言ってんだよ。じゃぁな、莉緒もちゃんと寝て疲れとれよ?」

「うん」

 と、まるで別れ際の様な会話を交わしたが駅までは同じだ。

 しかも俺の住む駅からすぐ近くだ。

「ねえ、今日、なんか用事ある? ないならさちょっとだけ話さない?」

 今日はバイト、だが幸い俺は店長となんだか仲がいい、ギリギリに来てもたぶん怒らないだろうし、それにあの店長は怒れない性格だ。

「じゃ、うちの最寄りの喫茶店でいいか?」

「え? 修哉の家じゃダメなの?」

「い、いや、さすがに、二人きりじゃ――」

 二人じゃない。家には三月がいる。ダメじゃないか。変な誤解されたら面倒だし……。もし会ったとしてなんてごまかす、家出少女を住まわせています、なんて言えるわけが無い。

「ちょっと、汚れてて……その、散らかっててさ、とても人様に見せられるような状況じゃなくて」

「……そう、分かった。きょうバイトは?」

「あぁ、まぁ三十分くらいに着けばいい。そういえば最近莉緒見ないけど、バイト辞めたの?」

 そう、ここ半月以上、彼女の名前を見ていない。店長も何も言わないし、差し詰め辞めてしまったというのが自然の考え。

「うん、やっぱり私には向いてなかったみたい、ごめんね」

 そう苦笑しながら莉緒は言った。

 それから俺たちは最寄りに降り、喫茶店へ。

「ここに来るのもなんだか久しぶりだな」

「そうね、最後に来たのっていつだったかな」

「去年あたりだっけ?」

「どうだろね」

 莉緒はカフェオレを、俺はブレンドコーヒーホットを。

「で、話したい事、あったんじゃなかったのか?」

「んー、なんだろうなー、最近体調はどう?」

「ん? まぁ、別に悪くもないし、良くもないけど、体重がすこし増えたくらいだな。他には?」

「バイト、いつまでやるの?」

「別にやめようって考えたことないからなぁ、今のところ辞める予定はないな」

「……そう。大学、どうするの? 進路調査、まだ決まってなかったんじゃない?」

「そうだなぁ、俺の貯金だけで進学はつらいしなぁ、結局そう言うのは親と相談かな。でもうちの親は好きなようにしたらいいって言ってるし」

「そう、良かったね」

 そう話しているうちに飲み物が届いた。

「莉緒は医学部目指してんだっけ」

「そう、猛勉強中」

「へー……莉緒、なんか変わった?」

「え? そう? どこら辺が?」

「あ、えっと、なんだかやっと女子になったというか、あ、そうだ、身長高くなったよな」

「やっとって、それどういう意味よ……失礼なんじゃない? まぁ、身長が高くなったのはうれしいし崇めてくれてもいいのよ?」

「もう少しちゃんと食べることだな。なんか莉緒にバカとか毎日言われてたのが懐かしいな」

「嫌なことだけは覚えてるのね」

 壁に掛けられたレトロな鳩時計の針を見る。

 午後四時二十五分――。

 俺は財布から札を、雲間から射す夕陽の色になるテーブルに置いた。

「じゃ、俺はそろそろバイトだ。あんまり食べ過ぎるなよ?」

「言われなくても分かってるって……バカ」


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