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彼女と黒猫  作者: M.H
彼女は黒猫 (下)
34/54

34話『勉強はアウトプット』

 彼女の名前は青留莉緒。八クラスもあるというのに奇跡的に三年間同じクラスの、唯一まともな会話が成立する生徒、友達と言ってもきっと過言ではない。唯一の友達が女子って、どうなの、という気持ちもある。個人的には親友だとすら――。

「……――あぁ、おはよう、修哉」

 彼女は噛み殺した欠伸でもしたのか目じりの大粒の涙を作るがすぐに拭い払い、スカートの裾が覗くベージュのコートと口元まで上げていたマフラーを取り、椅子の背にかける。

 スカートからまっすぐに伸びた細い脚を包む黒のタイツは冬仕様で透けていない。黒い瞳と軽く染められた茶髪の、ぱっと見軽薄そうな印象だが根は真面目で良い奴。ただどこか棘のある凛とした顔つきゆえ同性のみならず男もあまり寄り付かない。

 ただそんな莉緒の唯一気を許す人間が俺だということは、なんだかうれしく思う。

「なんだ大きな欠伸なんてしちゃって、遅くまで勉強でもしてたのか?」

「――……違うよ、そんな、しないよ。私、頭いいから、さ……修哉こそ、珍しいじゃん学校にいるなんてさ」

「はぁ? 何言ってんだよ、寝ぼけてんのか? 毎日来てるじゃん」

「……ごめん、ちょっと寝ぼけてたみたい……あ、そうだ、一本、食べる? 来る途中で買ってきたの」

「お、良いの? じゃ頂こうかな」

 薄い笑みを浮かべる莉緒は薄い箱を俺に差し、プレッツェルのお菓子を一本、口に摘まんだ。

 それからすぐにホームルームのチャイムが響き始業した。

 担任の吉田は今日も相変わらず短い髪をちりちりとヨーロッパのミュージシャンのようにキメてる。担当科目は古典。

 ホームルームが終わると同時に喧騒。新作のゲームがなんだとか、次の授業はなんだかとか、教科書忘れたからかせとかそう言う話が交わされている。

 吉田はあまり叱ることが得意な先生ではないが決してなめられる性格ではないが、莉緒はホームルーム中ずっと隣でポリポリ一本プレッツェルを囓っていた。これが彼女の朝食なのだ。そりゃ細いわけだな。今日はなんだか顔色がいつもより悪いきがする。

 そう彼女の顔を横にチラ見しながら思う……控えめに言ってもやはり可愛いと。

 最後の一本を食べ終わったところで彼女は席を立つ。

「どこ行くんだ?」

 それを聞いても莉緒は特に嫌な顔はせず、普通の表情で短く言う。

「手洗ってから自販機……」

「ハンカチは持った?」

 俺の他愛の無い会話は終了した。

「じゃ、俺も飲み物買うか」

 俺は特に用もなくお手洗いで指先を洗い、一足先に自販機の前に屈んでいた。

 六階、三階、一階に二台ずつ飲み物の自販機と、軽食のお菓子やらラ○チパックやらが入っている。一応食堂もあるが面倒なときはここで買う生徒も少なくない。俺もその一人に入る。

「まだやってんだ、それ、いい加減その癖やめた方がいいよ」

「あと五分、何買うんだ?」

 こうして目線を膝ほどにしているのは紛れもなく、何をとは言わないが拝むために他ならない。今もこうして莉緒のタイツ脚が目の前に……。因みに膝裏が特に好きだったりする。

 あまり眺めていると気づかれてしまう、停学処分はさすがに嫌なので重たい腰を上げた。

 暇を持て余した俺の指先は新顔の商品のボタンを空押しする。ピピピと押すたびに鳴るだけ、ただではくれないらしい。生徒は無料で買えても良いと思う。

「スカート短い子が前に来たら覗けるでしょ、その位置……あ、だからやったんだっけ、ごめんね」

 安心してくれ、スカートの中身には興味ない。本当だよ?

「これなんておいしそうじゃないか? コンソメスープ、だってよ」

「……へー私はいいや」

 莉緒は、はちみつとレモンのボトルを手に入れた。

 缶の悪いところは蓋が閉められないと言うこと。あと二分で飲みきる自信は無く、次の時間に買おうと決めた。

 教室に戻るとすでに数学科の先生が暇そうにタブレット端末を弄っていた。

 この学校に漂うどこか緩い雰囲気はきっと教員たちのこの態度のせいだと、俺は思う。

 けれどこの学校は荒れていない。不良やいじめの話はここ三年間噂にも聞かない、どちらかというと金髪に染めた軽薄な同級生が下級生を彼女にしたとか、そんな可愛らしい話だけだ。

 始業のチャイムが校内に鳴り響き、その音が収まるまでに生徒の九割が静まる。

「起立ッ礼ッ着席ッ」

 と、学級委員のやけに気合いの入った声が緩い空気を少しだけ引き締める。

 高校三年最後の冬、俺の進路はいまだに決まっていない、クラスの生徒の大半は進学希望。四月に渡されたはずの進路調査票には進学と消された跡だけが残る十一月現在、いまだにカバンの中にあるそんな俺の進路は埋まる気配など無い。

 莉緒は理系で、確かちょうどひと月前に、医学部目指す、とかすごい事を言っていた気がする。出来るか出来ないかは別として目指すものがあるのは素直にすごいと思う。心から尊敬する。俺が病気になったら莉緒に診てもらおう。

 静かな教室は授業は先生の独壇場、俺はそんな妄想をしながらも配られたプリントをひたすら解いていく。

「分かる?」

「さぁな、けどあと少しで解き終わるところ」

 昔、親にこう言われた「分からなくても適当に埋めておけ」と、古典の吉田のテストは基本的に記号で答える問題が多く、分からなくても適当に埋めることが出来るのはありがたい。

「あ、そこ違う――そこも――あ、一番から十四番まで間違えてるよ、でも十五番はあってる」

「……あのさ、今解いてるの、がんばって解いたんだから『間違ってる』とか、言わないで……」

 その後全二十問、十五番をはじめとした選択問題はあっていた。

 おかしいな、少し前まではすらすらと解けていたのに。まるで錆び付いて知恵が腐ってるみたいだ。俺は諦めた表情で莉緒に言う。

「莉緒、少しその頭脳を貸してくれ」

 先生が書き連ねる丁寧な説明と、莉緒のだいぶ噛み砕かれた説明を聞き、修正。

 授業初めの小テストを莉緒の協力を経て、半分以上丸付けて提出。これでいいのか、と思ったのは高一年の初めだけだった。

 そのあと、通常授業をノートの余すことなく書き、禿頭気味の先生の小言も暇つぶしにノートの隅に書き留める。

 五十分の授業は時計の針とぴったりに終わる。授業を早く終わらせたいのは生徒だけではないのだ。

 次の授業の準備を済ませてから、俺と莉緒は再び自販機の前に行く。これが学校生活での日常。


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