33話『親友の顔はなんだか懐かしく感じた』
俺は家を出て普通のペースで歩く。現代人らしく足は長いので一歩はまぁまぁ大きくなる。
家の最寄りから学校の最寄りまでの乗車時間は大体四十分ほど、家を出た一時間後に教室に着くということを、俺は知っている。入試の時にでも計ったのかな。
九時始業の高校、到着するとギリギリ用を足すほどの時間はある。そんな学校に会いたい彼女がいるとか、会いたい友達がいるとか、会いたい先生がいるとか、会いたいニワトリがいるとか、そんなことは、俺の高校生活のページに彼女の文字は無くて、友達の文字は一、二行で終わるし、そもそもニワトリなどの生き物はうちの高校にはいない。
そんな彼女もいない友達もいないに等しい俺が、なのにどうして学校に行くの? 学校は勉強をするところだ。と自問自答。
確かに自分でも不思議に思うが、それで今日まで来てしまったのだから、後ろを見て手を伸ばしたくなる思い出は無い。また頭が痛い。きっとこの悲劇的な現実を受け容れたくないのだろう。
こめかみをぐりぐりと第二関節で押し、満員電車の中で俺は何度目かのため息を心の中で吐いた。
ストレスフルの満員電車の中で聞こえる罵詈雑言混じりの脅しを片耳に聞きながら、俺は学校最寄りの駅に降りる。
乗り込むサラリーマンと、降りる同じ制服の生徒が対峙。彼らは毎日この何をしてもストレスになる満員電車に乗り、健気にも学校でもストレスを感じながら暮らすのだ。
あ、また。気が重たくなってきた。
踵を返して向こうホームに行こうか迷いながら改札を抜ける。
きっと同じことを考えている生徒は多いだろう、そう自分の頭をよぎる無気力さを正当化する。
住宅街ともつかず古い商店街ともつかない場所にある偏差値が低いわけでも高いわけでもなく、校則が緩めの、生徒数八百ちょっとの平凡な高校。
校門に立つは朝から面倒事を押し付けられたふくれた面をする風紀委員。
時々目に留まる、制服を崩し過ぎた生徒の足を止め、正す、というのが主な仕事らしい。
だが働いているところは今の所、二度くらいしか見たことがない。まったく高校生にもなってだらしない……。
地味に長く緩い坂を上り、活気あふれる五年前の全国大会進出を誇りにしている部活を横目に昇降口に入る。
狛江、と書かれた上履きの踵。狛江修哉、俺の名前だ。
最後に洗ったのはいつだったかとか、もうそんなことは考えない。だが丁寧に扱っている事もあってか一年生の靴より状態は良いと思う。
ローファーを脱いで、綺麗な蝶結びの上履きに履き替える。三年生を示す赤いゴムが紐についている。
狭い土地を有効活用するように縦にも高い教室棟は六階建て。
俺ら三年の教室は五階。四階が二年、三階が一年。
特に苦も無く慣れ親しんだ階段を駆け上がり、のんびりと歩く下級生を颯爽と横切る。
「おっと、ここは一年の教室だった」
午前八時四十一分――。
道中間違えて一年一組の教室に入ってしまったが、何事もなかったように退散した。そんなことがあり一分オーバー。
大体の生徒は揃っている時間だが数人まだ来ていない生徒もパラパラと見受けられる。少しだけ、すこしだけ上がった呼吸を落ち着かせるように深呼吸をして、電車の待ち時間に買った冷たいお茶が喉を下っていく。
「よし、予定通り」
ここまで誰かに挨拶をされることも、誰かと「今日の授業なんだっけ」とか、そういう益体の無い会話すらせずに来た。そのような悲しい生徒はなかなか稀だった、自称ぼっちですら少なからず会話を交わしているというのに。けれどその生徒たちは会話を一瞬辞め、俺の方を一瞥。それからすぐに喧騒がよみがえる。
別にクラスからいじめられているとか、嫌われている、とかそう言うことではないと思うが……もしかして浮いてる?
ネクタイとか襟元を手で確かめながら俺は奥の窓側の席に座った。
あと二分くらいかな。俺は黒板の上に張り付けられた丸いアナログ時計を見る。
唯一そんな自称ぼっちに話しかける人間があと少しで登校する。その人間はいつも俺より遅く来ると、俺は知っている。彼女は戸を静かに開け、無言で不機嫌そうな顔が入室。要するに俺と同じような人種だ。
「おはよう、莉緒」
そう俺は待っていましたと言わんばかりに、彼女の名前を俺は口にする。




