28話『雨は冷たく温かい』
どこか、懐かしく感じたこの街は、人が多く、それなのに不思議と冷たい場所。
腕を肩に組み楽しく歓談する人はいても、やはり彼らから暖かさは感じない。
その街を私は独りで歩いていた。
寒い――当然だ、雨が降る冬の街、気温は十三度を下り、雪すら降りそうだ。けれど、私はやはり、懐かしく感じた。けれど私は初めてこの景色を見る。
厚手の黒いコートが私を覆う。
ストスト細い雨が髪を、露出した肌を静かに濡らしていく。寒くて痛くて、私はコートの裾を強く掴んだ。この体は生きているのだと、そういう様に鼓動は早くこの冷えた身体を温めようとする。吐く息が相変わらず白い。けれど温かい。
私はどれほど歩いたのかわからない。けれど足が酷く痛む。行く当てもなく存在している私はまるで地縛霊だ、私の口元は思わず上がった。でもどこに行くべきなのか私は知っていた。私の居場所はここじゃない。気が付けば私は歩くのをやめていた。
それはLEDに内側から眩しく照らされたネカフェの看板、それは無骨で細い雨を吸い続ける冷たい電柱。その隙間に、私は腰を下ろした。
通りすがる人の目から逃げる様に脚を折り、膝に顔を隠した。強く瞑った瞼の奥に見える何かはきっと何でもない。
そんな私に雨は陰湿な虐めのように雨粒を大きく育て、そして強く叩きつける。冷たくて、耳が痛くて、寂しくて、怖くて、落ち着く、私はそんな気持ちを抱いた。切りつける様な冷たい風が頬をなぞる。誰か、私を……。
その瞬間、雨の音は変わった。豹変したように優しく、励ますように音を奏でる。パチパチと弾ける雨の音が頭上に降ってきた。
だから私は長い眠りから覚めたようにゆっくり顔を上げ、男性にしては細身なその下半身、軽く着崩したワイシャツから覗く首は筋が目立ち、高校生にしてはだいぶ悩みに苛まれたサラリーマンの様な顔をしていた彼を見上げた。
ぽつりと、彼の顎先から落ちた雫に、私はわずかな暖かさを感じた。
それは雨ではなく――彼の涙だった。




