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彼女と黒猫  作者: M.H
彼女と黒猫 (上)
23/54

23話『クレーマー対応に足を引っ張られる』

 それからしばらく六時間目が終わり下校。

「じゃ、ミカン頼んだ」

「うん、頼まれました。バイトから帰ってきたら少し寄ってね」

「了解」

「じゃ、バイト頑張ってね」

 いつものように人目の付かないところで軽く短いハグをして小さく囁かれた言葉に思わず抱きしめる力を強めてしまう。そして軽い足取りで俺はバイトに向かった。

「俺もだよ、三月」

 五時のシフトに入り、九時までの四時間、俺は忙しいながらも愚痴をこぼさず、休憩時間には店長の、クレーマーに対するクレームを聞き流していた。そんな充実したバイトが終わり、店長にシフトの相談。

「来月のシフトなんですけど、クリスマスの二日間予定があるので――」

 店長は静かに深くため息を吐いてギギギと椅子を回転させ向かい合う。そこにはひどく哀愁漂う年を十くらい増した顔があった。クレーマーにクレームを言って論破するときのあの若々しい顔はどこへ?

「はぁ……若いって、良いね。君、まだはだすごい綺麗だよね、男子なのに、ニキビとかほとんどないし、というか無いよね、そんで髭も薄いし、生まれつき毛穴少ないの? なのになんで禿げてないの? ねぇ、彼女、僕に分けてよ……今のは冗談。で、予定って、何?」

 メガネの向こう側がギロリとにらむ。嘘は許さない、という飢えた男の目だ。ミカンが発情した時みたいな目。だからモテないんです。

「か、かの――」

「かの――? なに、続けて」

「彼女と、デート……」

「心中? なに? 彼女とデッド?」

「勝手に死なせないでくださいよ。しかも彼女って聞こえてるじゃ――」

 トントンとデスクチェアーのひじ掛けを指で弾く。この二人だけの空気は尋常じゃなく修羅場だ。早く、帰りたい――。こうなると店長は超めんどくさい。確か、ちょっと前に結婚して辞めた女子大生にこの人はずっと何か言っていた気がする。

「彼女とデートの邪魔をしないでください! 以上です! お疲れ様です!」

「――あ! こら、独身彼女いない歴イコール年齢を置いていくな! せめて、僕も連れて行って――」

 俺はほぼ泣きながら、それと一緒で店長も泣きながら懇願していた。憐れだった。

 憐憫を以て慰めてあげよう。あと、熱でぼうとする。頑張り過ぎた自分も慰めよう。疲れが限界だ。ちょっと走って吐き気。俺はゆっくりと家路についた。

 帰ったらミカンに慰めてもらおう……そうだ、ミカンはもういないんだ。なんだか少しだけ寂しくなった。


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