22話『クリスマスの一か月前』
「分かったよ、ホームルーム終わったら六階な」
と、小さな体は呼吸をするたびに胸を膨らませた。莉緒はそう言ってから自分の教室に走った。
ホームルームが始まり、三月はニコニコとしながらカバンからお菓子を取り出して、にししと悪い笑みを浮かべて一本食べた。
「ねぇねぇ、修哉くん、一本どう?」
「……バレたら怒られるぞ? じゃ、一本だけ」
「これで共犯だねぇ~」
「まったく」
それから一切バレることなくホームルームは終わり、俺たちは一足先に六階の自販機前に集まった。
「ねー、あと一ヶ月でもうクリスマス目前だねー」
と、三年生の会話が聞こえる。
「今年はカレシ?」
「まだ告白もされてないのにマジウケる~」
と、意外と寂しい会話。そんな会話が下のフロアから上がる。
そんな恋の悩みに焦がれる女子とは逆に俺はちょっと自分の体温が高いなと感じ、もしかしたらインフルエンザに罹ったかも、だとしたらバイトは休みかせっかく皆勤だったのに、と考えていた。
そんな女子の話を聞いてか、合わせる様に莉緒が言う。
「いいねー、二人とも、私は今年もクリボッチかー」
その視線はきっと「私も二十四か二十五どちらかでいいから相手してよ」というものだと思う。けれど勝手な想像は命取りになりかねない。
「クリスマスに……男女二人……聖なる夜……」
「また鼻血とかやめてよ? そうだ、来月のシフトちゃんと店長に言っておきなよ? あの人独身だし、彼女いないから嫌がらせでクリスマス二日ともシフト入れられるよ? 絶対」
「うわ、大人気ねー、だからモテないんだ」
「うーわ、今の言葉店長にチクっちゃお」
「――莉緒は店長の彼女か!」
「命がおしけりゃ冗談か本気かわからないことは言わない事ね。それに言うわけないでしょ?
そしたら三月にも迷惑掛かるし。あと修哉が私の事どんな風に見てるか大体予想はついた」
俺は痛む頭をさすりながら土下座。鉄板の上じゃないだけ救いだ。
土下座から頭をあげようとするとそこには厚手のタイツ――。そのあと俺は三月に付き添われて保健室へ、というエンドは免れる。俺は下を向きながら起き上がる。
「顔上げたら蹴るところだったわ、命拾いしたね」
三月は莉緒の怒りを鎮めるように、口にお菓子を一本渡した。
「あぁ、一瞬走馬灯が見えたよ、きっと予知夢でも見たのかも」
「バカなこと言わなくていいから。三月? クリスマス行きたいところあったらちゃんと言いなよ? 絶対家でゴロゴロする羽目になるから」
え、ダメなの? という視線をあえて莉緒に送る。睨まれる。冗談なのに。
「まぁ、さすがにそれは無いさ、なぁ? イルミネーションとか? ちょっといいフレンチのレストランでディナーとか? あとはまぁ、ねぇ?」
「あとは? ねぇ私そう言うのよくわかんないの教えて? ね、三月も知りたいでしょ?」
「う、うん」
莉緒の押しに負ける様に苦笑いでうなずく。そこだけは折れないでほしかった。
「言えるかこんなところで!」
「――言えないことしようとしてたんだ!」
「してねぇよ!」
「あと、フレンチのディナーなんてもう予約でいっぱいでしょ?」
「え?」
「何にも考えてないの?」
「……」
「……」
「…………」
「わ、私が作るよ! クリスマスメニュー!」
莉緒が慰める様な笑顔で三月の肩に手を置く。俺はもう微笑むしかない。こんなたった十分の時間すら幸せなのだから、俺の未来は明るいなぁ。




